第2話 ライバル登場…!?

 あの日の夜は眠れなかった。自分の将来について。そして、今まで忍術を教えて下さった師匠が、『葉月』であったことに。

 そのことを不意に思い出した。その日から一か月が経った。

 すると、前から自分にかける声が聞こえた。

「…あれ? 君って、もしかして『葉月』?」

 自分の名を呼ばれたほうへ顔を向けた。

「? あの、何か」

 自分を呼んだとみられる金髪でくせ毛の短髪男は、面白そうな顔持ちで近づいてきた。自分は、この人を知らない。

「……ふ~ん、長は、こんなのを『葉月』にしたんだぁ~。この族も、落ちぶれたものだな」

「な、何を! 私が『葉月』であることに不満でもあるの?」

 私はこの男を知らない。初対面でありながらこれは侮辱に等しい。不愉快だ。こいつ、ムカつく。

 男はニヤリと口を歪めた。

「いや~、別に~…ただ、俺のほうが、実力があると思うんだけどな~」

「そんなの知らないよ。私だって、なりたくてなったわけじゃない」

 男は小さく息を吐くと、壁にもたれた。

「…君はさ、強いの?」

「強いのか弱いのかも知らない。訓練所でも、師匠から教わったことや助言をもらいながらやってただけだ」

「……その師匠って誰?」

 男の問いに、私は口ごもった。

 名も知らぬ者に、教えていいことなのだろうか。師匠は自分に、師匠自身から名乗り出なかった。

 『葉月』であることを。

 口をゆっくりと開いた。

「…それは言えない。口止めされている」

「ふう~ん…」

 しばらくの間、私とこの男の間に会話が閉ざされた。

 早くここから立ち去ろう、と思った先。

「…でも、長が君を『葉月』にしたんだし…、ねえ、君」

 男はずいっと自分に近づいた。目の前に男の顔がある。

「――今から、俺と戦わない?」

 私はその言葉を理解するのに、少し時間がかかった。



 朝起きてからずっと私は準備に一日を費やした。

 私は必至に与えられた命を果たすべく、道具を整理したり、地図を借りて場所を調べるなど、いろいろ備えていた。

「準備は怠ってはいけない。そうでなくては、命すら果たせないよね」

 そういうことは、師匠から何度も言われたことだった。

「念のために、傷薬を……。しまった…っ、在庫にない。取りに行かないと…」

 作業を中断し、傷薬を用意するため、敷地内にある「医療班」のところへ足を進める。

 この敷地内には、私のような忍が生活する寮と、長やその側近の屋敷、そして、今から訪ねる予定の医療班、道具班、食糧班、情報班などが一つの建物に設置されている。道具班や食糧班には、単身行動の忍を引退した者が所属している。しかし、自分の師匠は、その世界からも去った。

 医療班の受付窓口に着く。

「すみません。今すぐ、傷薬を用意していただけますか?」

『葉月』の承認証を、医療班の者に提示する。

 受け付けたその者は『葉月』という文字に目を張ったが、何事もなかったように取り繕った。

「…はい。傷薬ね。代金は、二八〇円ね」

 代金を支払い、傷薬を受け取った。

 自分の部屋に戻って、再び準備をしよう。

 そう思って、振り向くと、

「……なんで、昨日拒んだわけ?」

 目の前に立ちふさがるように立っていた忍を無視し、足を進める。

 そういえば、こいつの名を知らない。おそらく十二月の忍の誰かだろう。右腕にそれを示す勲章があった。

「…おい、何か言えよ。戦うぐらい、引き受けたっていいだろ」

「――――」

 彼に言葉を返すつもりなどない。振り向くことだってしない。

「何で無視すんだよ! ……自分の弱さを知られたくないってか」

 男の前髪が風も通らず揺れた。

「―――っ!」

 彼の首を片手で掴んで、もう一方は、顔にぎりぎり触れない程度の近さで煌めく刃を向けた。男の瞳にそれが映る。

「…っ、やはり、ばれたくないんだね。君が『葉月』に相応しくない忍であることを…」

「黙れ」

「…、他の忍に思われたくないんでしょ。俺のほうが強いから」

「黙れ!」

 手にしているクナイを男に目がけて腕を振りかざす。

「やめろ」

 しかし、私の腕を後ろから止める低い声が聞こえた。私は、頭だけを振り向いて、その声の主を睨み付けるように見た。

 自分の腕を掴んでいた男は、とても美しい黒髪と顔立ちをしていた。少し見とれてしまったが、先ほどのことを思い出すと怒りが込み上げてきた。

「…何用だ」

 自分よりも遥かに背が高く、おそらく自分の忍の先輩だと思われる者に尋ねる。

「生活の場で、刃物を出すのはよくないな。ところで、お前、新入りか?」

 先輩の指摘に反省した私はクナイをしまった。

「これは失礼しました。…では、私はこれで」

 先ほどの先輩の問いに応えず、スタスタ去っていく姿を見て『如月』は苛立った。

「…ちゃんと答えろよ」

 後輩の呟きに先輩は言った。

「まあ、最初はあんなもんだよ、如月。お前だって、あんな感じだったぞ?」

「違います! 絶対、違います。俺はちゃんと答えますよ、先輩からの問いも、何でも」

 先輩は困った顔をしたが、それも一瞬のこと。

「…だが、如月。お前の彼女に何か言ったのだろう? あの『葉月』に――」

 先輩の目がギラリと光った。

「……うっ。それは、その…」

「どうした? ちゃんと答えろよ」

 先輩の問いに動揺する如月だったが、一つの疑問が生まれた。

「…あれ? なんで先輩、知ってるんですか? あいつが『葉月』だってこと」

 後輩の質問に、うん? と答えたが、まずは俺の問いに答えろと迫る。

「……え、えっと…それはですね…」

 如月は何故か、恥ずかしそうに答えた。

「俺と戦え、て言ったんです。あいつの力、知りたかったから」

「ふーん。だったら、もし、戦って彼女がお前より強かったらどうすんだ?」

 先輩の次の問いに必至に答えた。

「あいつに仕事を持っていかれないように、もっと強くなります」

「そうか。分かった」

 素っ気ない彼の答えに、如月は不審に思った。

「じゃあ、お前も頑張れよ。じゃあな」

 如月の頭をポンと叩いて、去って行った。

 如月本人は、しばらくの間、そこで立ち尽くしていた。

「……もう一回、話してみようかな。ウザがられるかな、葉月に」

 如月は自分の部屋へ一歩を踏み出した。

 その途中。

「…あれ? 俺、何か忘れてないっけ?」

 立ち止り、うーんと考えたが思い出せなかった。

 ――先輩への自分の最後の問いの答え、を。

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