週末社会科小話集
牛田濤馬
第1話ヒーローは減点主義
今日は私の愚痴を聞いてほしい。私はヒーローという職に就いている、マツイというものだ。そう、所謂ゴリラとクジラを掛け合わせたような火を噴く怪獣とかを退治することが主な業務だ。私が所属するスターリングアップトラブル(SUT)社は市民からの寄付を募って私たちのようなヒーローを雇っている。
私が現在大変不満に思っていることは給与体系についてだ。なんと先月から成果主義から減点主義に変わってしまったのだ。簡単に言えば成果主義の下では怪獣を退治すれば退治するほど報酬が増えていったのだが、新たな給与体系ではそうはいかない。各ヒーローは勤務日と勤務地域が割り当てられ、怪獣から被害が出たら出た分だけ給料から差し引かれるというのだ。これではがんばってもがんばっても給料が上がらないので一切やる気にならない。労働組合で提訴しようかと考えている。
そもそもこうなったのは同僚のショウジのせいである。彼は常に成績トップの優秀社員だった。彼は常に怪獣が現れる地域に真っ先に現れ、ほとんどの社員が気づくか気づかないかの間に大小数多の怪獣を退治していた。
ところが彼に思わぬ疑惑が浮上した。彼が怪獣を養殖していたというのだ。その疑惑が浮上したのは二ヶ月前、彼がベーリング海でロシアの警備当局に拿捕されたときのことだ。彼はなぜベーリング海にいたのかと聞かれ、カニ漁をしていたと言い張っていたが、明らかに彼の持つ船や装備はカニ漁のそれではなかった。船にはワープ機能や放射線照射機能が付いていたし何より船から3体の幼獣が見つかったのである。おそらくベーリング海中で幼獣に放射線を照射し、ある程度成獣になったところでワープ機能を使って山中などに運んでいたのであろう。成獣がある程度被害を出したところで退治して報酬を不正に得ていたというわけだ。
この疑惑が浮上したせいでSUT社は市民からの大きな糾弾を受け、成果主義から減点主義に移行したわけだ。社の説明はこうだ。
「---日本企業おきまりの長い挨拶---今回当社勤務のタナカ氏(ショウジのこと)による事件が起きたのは当社の採用する成果主義というマッチポンプを助長する制度のせいでありまして---省略---今回新たに採用いたしますのは平和比例型給与体系という制度であります。新たな制度のもとではその名の通り、平和が維持された地域・期間に応じて皆様の報酬が比例するタイプの体系でございます。この制度では---以下省略」
どうやらこの平和比例型給与体系(実質減点主義なのだが、会社人というものは良さそうな堅苦しい名前をつけるものだ)が最適だと社は考えているらしい。だが待ってほしい。こんな制度で本当に平和が守れるのだろうか。第一夢がない。まるで不祥事を起こしたら袋叩きにあう公務員のようではないか。これではヒーローを志す子供が減ってしまうではないだろうか。
そこで商学部出身である私が大学で学んだことを生かして社の代わりにもっと良い制度を見つけてやろうと思う(なぜ商学部を卒業してヒーローになったかは問うてはならない)。
問題を整理しよう。簡単のためヒーローは一人、それに市民は平和が維持されるならSUT社に寄付したいと考えるとしよう。SUT社は儲けを最大化したいだろうが、そうするためには市民の寄付を最大限に募るしかないので要は平和を最大限維持すれば良いのである。
ヒーローは、そりゃあ私のように正義のために活動したい人間もいるだろうが、大概はショウジのような雇われヒーローである。所詮金儲けにしか興味がないのだ。そう思って制度を作る方が安全である。つまり常に最大限報酬をぶんどろうと考える人間だとしよう。ショウジのような不正行為も当然想定する。
さて、怪獣を退治した数と給料をどう連動させるかを考える。当然怪獣が退治した数が増えたら給料が減るようなシステムであってはならない。そんなことをすればヒーローは誰も怪獣を倒さない。怪獣を退治するのだって非常に疲れるのだ。ただではやりたくない。
では怪獣を退治した数に応じて給与を増やしたらどうだろう。これは
じゃあ怪獣の被害と給料は連動させるべきだろうか。もし被害が増えれば給料が上がるんであればやっぱりショウジ《養殖すれ》ればいい。じゃあ連動させなければ? そんなことをすればヒーローは働かない。私以外のヒーローは拝金主義者なのだ。そうすると被害に応じて給料を下げればいいということになる。
答えが出た。つまり最適な制度とは固定給を支払いつつ、怪獣被害に応じて給料を減らすような制度なのだ。
・・・さて、振り出しに戻ってしまった。結局減点主義が一番なのだろうか。いやいや他に考えていない要素があるはずだ。例えば子供達の憧れとか・・・
(ここで別のSUT社のヒーロー、マコトから電話がかかってくる)
マコト「実はお前だけにいうけど被害を出すような怪獣全ては俺とショウジが養殖したものなんだ。でこれから怪獣養殖とかどうしようか。」
マツイ「・・・いやあ減点主義だしもう養殖しなくていいんじゃないか。疲れるだけだし。ああ、でも多少発生させる方が市民の不安を煽れるからいいんじゃないか。ところでこれ上には内緒にしておこう。」
翌日、マツイが労働組合の会合で語ったことは言うまでもあるまい。
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