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◇◇◇ 


 コゼント城の奥。アーリアは日当たりの良いテラスでお茶を飲んでいた。

 秋もそろそろ深まる時期だが、今日は天気が良く日の光がぽかぽかと暖かい。冷たい果実水でもよかったな、と思ったくらいだ。


 アーリアが人魚の領域から帰ってきて五日が経過していた。

 リベルトとイルファーカス、テオドールは事件の事後処理に追われて忙しく走り回っていた。

 少し落ち着いたとリベルトから知らせをもらったのが昨日のこと。今日は事後報告会という名目のお茶会だ。


「今回事件にかかわった奴らは大方が捕まった。マリアナの処遇については、さっきも話した通りコゼントの修道院に幽閉されることになる」

「そう……」

 アーリアは目を伏せた。


 結局彼女とは最後わかりあうことはできなかった。偽の経歴を作り、海神狂が送り込んだ間諜だった。けれど、彼女はアーリアを崇拝した。ずっと一緒に変わらない関係で側にいることを願っていたマリアナは、アーリアの恋心と、それに伴う変化をすべて否定した。ずっと、マリアナの思い描く理想のお姫様でいてほしかったのだ。


 けれど、アーリアはリベルトを愛した。

 だれかの理想のままの姿でいることは難しい。

 人は多かれ少なかれ変わっていく生き物だから。

 テオドールは今回のコゼント訪問で外交に興味を持ったと言っていた。直接自分の目で見て感じて、その国の人と話をすることで得られることがあると直接学んだのだ。

 彼は嬉しそうにそういうことを話してくれた。


「アゼミルダ人だというミーファについてはいまだに行方を追っている。彼はアゼミルダが送り込んだ間諜だろう。それ以外の人間は、おまえの誘拐に加担した者たちは全員牢屋に入っている」

 聞けばマリアナを通して海の上の海神狂の頭の中に直接人魚の女の言葉が響いたそうだ。女の言葉を受けた海神狂たちは皆呆然としたそうだ。

「これ以上犠牲者が出なくなればいいわね」

「そうだな」


 海の王の代替わりは近いという。そう本人も話していた。魔法の影響が薄まればアーリアのような人魚返りも生まれなくなるだろう。

 それとは別に、王から言葉をもらったけれど、自分の魔法が解けたという実感がまだわかない。王の魔法を解く鍵は愛する人と一緒に魔法に打ち勝とうとする心が必要とあとになって聞かされた。

 最後の最後にアーリアはリベルトと同じ未来を歩みたいと願った。魔法に負けないという強い想いが海の王の寂しさが作り出した魔法を打ち破った。


「なんていうか……いまいちすっきりしない事件だったというか……」

 いまだに自分たちが人魚の国へ行ったことが信じられない。

「まあな。人間の力の及ばないところに行ったからな。俺もああいう体験はもうこりごりだ」

 自分の権力の範囲外になるとおまえを守ることができない、とリベルトは自嘲気味に笑った。


「ま、いい方に変わっていくさ。あとはイルファーカス殿下がうまいことやる」

「そうね。お兄様ってとってもすごいのよ。頭もいいし、頼りになるし優しいし」

 アーリアがにっこり笑って兄を褒めるとリベルトは憮然とする。

 アーリアはきょとんとした。


「俺のこともそうやって褒めてくれ」

「わたしが?」

 リベルトはトレビドーナの王太子で、アーリアがほめるなんておこがましいくらいだ。

「おまえから褒められるイルファーカス殿下が羨ましい。というか、仲が良すぎるんだ、おまえのところは」


 リベルトはアーリアのおでこを人差し指でつんと押す。

 苦情を言う割に、彼の瞳がさきほどよりも柔らかくなっていて、アーリアは自分の顔に熱が溜まってくるのを自覚する。

 アーリアは膝の上にのせているナッさんに視線をやる。


「そ、そういえばあなたも大活躍だったのよね」

 ナッさんはアーリアの言葉に顔を上にあげて「ナアー」と鳴いた。

「俺はどうしてあのときこの猫を頼ろうと思ったのか理解に苦しむ」


 リベルトがげんなりとした声を出す。

 聞けば、アーリアが誘拐されたときナッさんが港までリベルトとイルファーカスを導いてくれたのだ。


「ビルヒニアの使い魔はさすがかしこいのね」

 アーリアはなっさんの両脇に手を入れて持ち上げた。ナッさんは不愛想なままもう一度「ナアア」と鳴いた。

「そういえばお土産! ビルヒニアに頼まれていたものを探さないと!」

 アーリアは慌てて立ち上がった。




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