3-10 ヨルムガンド編1
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シュルシュルと擦れる音をたてて、一匹の蛇が裏路地を行く。後からひとりの少女が雨上がりの路面の水を跳ね上げながら、全速力で追いかけていた。
上空からは火の鳥が小さな火の玉を飛ばして蛇の通るルートの選択肢を塞いでいた。
「次の十字路を右!」
「了解!」
右に曲がって正面に蛇を捉える。ここは袋小路だった。
「追い詰めたわ。ヨルムガンド!」
もちろん、蛇とは暴走状態にある召喚獣ヨルムガンド。少女は茉理。火の鳥は使い魔フェニックスである。
「追い詰めたのはアタシ!」
「わかっています。一応、感謝していますから。」
「一応って何よ、一応って!?」
不満を口にしながらも、作戦の成功には満足しながら、フェニックスはゆっくりと茉理の肩に収まった。
ヨルムガンドは袋小路の中央を陣取り、塒(とぐろ)を巻いて首を立て、いかにも毒ヘビらしい格好をする。これは戦闘態勢に入ったことを意味している。
「いいこと?茉理。私がチカラを貸すのはあくまでも、」
「分かっています。管理局とは関係ない。世界の理(コトワリ)のため、ですね。」
「そーよ!」
フェニックスが管理局の意向に従わない口実。現状の理科を管理し、新たな真理の発見を人間任せにすることを良しとしない。
真理は自分で見つけ出す
それがフェニックスが探求の旅をする目的だ。
「魔法少女の基本は知ってるわね。」
「変身しないと理科が使えない。」
「その通り。」
自身の夢(想像力)をチカラの源とする魔法少女は契約した直後からほとんど最高の状態で使用可能である。それ故に、チカラの乱用防止する意味合いで、理科の使用にはさまざまな制約がある。
その一つが変身機構。
(ちなみに本作の主人公マジカルマヂカは現在、賢者だがその特殊性から例外的に変身しないと使えない。)
「じゃあ、恥ずかしがらずに変身行ってみましょう!」
「ちょっと、煽らないで!」
マツリは観念して、首元のスカーフに手を当て勢いよく引き抜くと、渋々、
「ブレイブチャージッ!!」
変身フレーズを口にする。
フェニックスから舞い散る火の粉が渦を巻き、マツリを中心に纏まると、衣服の繊維を魔法少女のソレに変え始める。
そして爆散!夏祭りの花火のような豪快な変身だった。
魔法少女マジカルマツリ
ロールアウト!!
ほんのりとピンクに色づいたアオザイに、ホットパンツ、白いトゥーシューズ。お団子状に纏められた髪には銀のカンザシが刺されている。
「では、行きます!」
賢者の時のようにジャンプと高速移動をしようとするが、マツリの理科は発動しなかった。
少女の軽いステップの後に、擬音で表すなら「ペタン」という感じの可愛らしい着地が決まった。
「あ、あれ?」
マツリは自分の足をペタペタと触ってみるが、特に異常はない。それはつまり、魔法による能力の付与が無かったということだ。
「・・・ど、どういうこと?!」
「どういうこと?じゃないでしょ。貴方は今、魔法を使用出来ていません。」
「は、はぁー?!」
わけがわからないとばかりにマツリがフェニックスに詰め寄る。だが、その理由は単純だった。
「マツリ、言ったでしょ?
魔法を使うんだったら、魔法少女の基本よ。」
「基本?」
それは変身の時と同じ理屈である。
「魔法のフレーズですか?」
「えぇ。私はヒーローが好みよ!」
「フェニックス!普通にやってください!!
あっ!」
しまったとばかりにマツリは口をつぐむ。しかしもう遅い。フェニックスの前で“普通”は禁句なのだ。
「何?フツーって。
世の中に普通なんて曖昧なものは存在しない!
仮にその“フツー”を貴方達の平均文化に適応させたとしても、魔法少女なんだから一般人とは勝手が違うの!
つべこべ言わずに受け入れなさい!!」
「くっ・・・。」
マツリは怒りなのか羞恥なのか判別出来ない表情をして握り拳を振り上げた。
そんなやりとりを尻目に、ヨルムガンドは牙をむき出しにする。追い詰めているとはいえ、ヨルムガンドには召喚獣すらも死に至らしめる毒がある。接近戦主体のマツリにとって盤石とは言い難いのだ。
二人が色々と揉めているのを見計らい、一撃を狙ってヨルムンガンドは飛びかかった。
「ブレイブ・ナックルッ!!」
鈍い音。
マツリはもちろん油断などしていない。
強烈な右フックがヨルムガンドの頭部を横から捉えて、脳を揺する。
体細胞の硬化とカルシウムの増大による通常では繰り出すことのできない、怒りの篭った、重い、重いパンチだった。
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