第6話【現代落語】『王子の狐』(前編)
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休憩時間が終わり、次の口演が始まるベルが鳴ったというのに、梓も風音も帰って来なかった。
迷子になる年でもないだろうに。一郎がそわそわしながら待つのに限界を感じ、立ち上がった瞬間。
<次のプログラムですが、少々変更いたしまして、一般のお客様による“ふれあい口演”を追加させていただきます。参加者は東京にお住いの小早川梓さんです>
ポポポポポンッ、と景気のいい音と共に、舞台の幕があがり、そこには男物の着物を着た梓がお辞儀をして座っていた。
「ア、アズウウウーーー!!?」
祖父としては、心臓が止まりかねない事態に、絶叫するより他なかった。
「東京にあります王子と呼ばれる土地には現在も人を化かす狐がおりまして、中でも、『うずまきなる吉』という狐は変化が得意なそうです」
「……なんだ?こりゃ、『王子の狐』じゃねぇか」
同じ口演で、同じ演目が別の人によって語れるのは滅多にない。
会場がざわめく。
「どうも、この狐、人間の年でいうと二十歳そこそこ、狐にしてはおかしな奴で、人間の嫁が欲しいと言っているようなのです。今日も街をうろつきながら、ひとり言をつぶやきます」
『ああ、街にゃ右を見ても左を見てもメスばかりだっちゅうに、なぜにオイラはひとり身なんじゃろう』
「最初は呆れていたなる吉の親も、早く孫の顔が見たいという願望に負けて、ついにはアドバイスをしてやります」
『おい、なる吉、人間のメスは狩りのうまさや毛並みの色なんぞではよりつかん。顔と身長が重要なんじゃ。お前も化けられる狐なんじゃから、メスに気に入られる外見に化けりゃ一発じゃないか』
『なるほど! そいつぁ、いい考えだ。早速、試してくらぁ』
「颯爽と走り出したなる吉は、女が群がっている男を見つけ、そっくりの外見に化ける。するとー! 昨日までが嘘のように、モテてモテて仕方がなかったそうです」
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