第3話 たわいない会話

「ふう。こら、梓、初対面の人にあんなこと言っちゃだめだろう。だから、お前はもっとおしとやかにならないと……」

「だって、なんかすました顔がむかついたんだもん。生まれも育ちも違うんですっていう顔しちゃってさ。ごめんなさいー」


 ツンとした表情で、悪びれた様子もなく梓は謝ると、売店に向かって歩き出した。


「ほらほら、見物は無理だってわかったし、ジュース買ってよ。おじいちゃん」

「なにを言うとる。お前は反省しとるのか」


「まぁまぁ。あの子も怒っとらんかったし。いいじゃないか。わしが買ってやるでな」

「んむう……あまり甘やかしたくはないんじゃが……こんな所で怒鳴るわけにもいかぬしな……でも……むむむ」


 子育て、いや、孫育てで悩む昭雄の気持ちなどどこ吹く風。梓はいち早く売店に辿り着き、スポーツドリンクにするか、レモンウォーターにするか悩んでいた。


「私はこれ」


 悩んでいる梓の脇から風音が手を伸ばし、クーラーボックスから牛乳を取り出す。身長が低いことと、身体的一部分の発育が遅いことを気にしているようだ。


「じゃあ、それと、わしは温かいお茶にするかの。小早川さんもそれでいいかの?アズちゃんは決まったかい?」

「ありがとうございます。飲食は館内に持ち込まず、ロビー内でお願いしますね」

 店員のおばさんがお金を受け取りながらそう言ったので、四人は飲み物を持ちながら、備え付けのベンチに座ろうとしたが、すでに何人か座っていて二人分しか空いていなかった。


 仕方ないので少し離れたベンチに梓と風音、おじいちゃんズで別れて座ることにした。


「それにしてもさー」


 ごくり。結局スポーツドリンクでも、レモンウォーターでもない、『おいっ!お茶!』を一口飲んで、梓が口を開いた。


「さっきの、左近って言ったっけ。子供なのに、口演するなんてすごいねー。失敗すればいいのに」

「アズちゃんってさ」

「うん?」


 ごくり、ごくり。


「好きな人に意地悪するタイプだよね」

「ぶはーっ!」


 意表をつかれ、梓は勢いよく、口からお茶を噴き出した。


「なななな、なに言ってんのよっ。そんなことないわよ。ちょっと可愛くて、ちょっと礼儀正しくて、ちょっとアレなだけじゃない!」

「誰とは言ってないよ?」


 風音はからかうように、くすっ、と笑った。


「でも、羨ましいな。不器用だけど、自分の気持ちがすぐ態度に表せて。私なんか、きっと、ずっと心に閉まったままで終わっちゃう」

「ちょっとぉ、だからなんでもないってば。風音の気のせいだよ」


「はいはい。そういうことにしとくよ」

「まったく……」


 まるで保護者のような風音の微笑みに、困ったような表情で梓は再びお茶を口にふくむのだった。

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