ヒキコモループ
何となく、違和感はあったのだ。
例えばテレビゲーム。一日経つとセーブデータが消えてしまっているという出来事が何度か続いた。でもそれは本体かソフトの不具合だと思っていた。
例えば小説。時々、栞の位置がズレていることがあった。それも対して気にしちゃいなかった。どこまで読んだかくらい覚えている。
俺はネットはやらないし、ケータイも持っていない。着ている服もだいたいいつも同じスウェットだし……
「……って誰に対して言い訳をしているんだ俺は」
極端に人との会話が少ない生活を送っているため、どうしても独り言が増えてしまう。
「しかし、どうしたもんかなぁ」
キッカケはテレビだった。
俺は滅多にテレビを視ないのだが、その日はほんの気まぐれで点けてみたのだ。ゲームも壊れている(と思い込んでいた)しな。
『まだまだ猛暑が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしですか?』
生放送のニュース番組で、女性アナウンサーがそう問いかけてきた。
室温はエアコンのおかげで常に一定なため、暑さや寒さなど長らく感じていない。が、そんな俺でも今がどの季節なのかくらいは把握しているつもりだ。
俺の感覚では今はもう、とっくに秋のハズだった。
他の番組も視てみたが、どうやら今は本当に夏のようだった。
とうとう時間間隔が狂ってしまったのだろうか……まあ、こんな生活を続けていたらそういうこともあるか。
その時の俺は、自分の感覚よりも世間を信じた。
そして、流石に今が何月何日なのかくらいはきちんとチェックしようと思い、毎朝テレビを視ようと決めたのだった。
次の日。
前の日とほぼ同じ時間に、テレビのスイッチを入れた。すると
『まだまだ猛暑が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしですか?』
女性アナウンサーが、昨日と全く同じ服装、同じ髪型で、一語一句同じ台詞を口にした。
いや、それだけではない。番組の内容自体、昨日と全く同様であった。
一瞬、「再放送か?」とも思ったが、ニュース番組の再放送など普通ありえない。
他の番組も全て、昨日と同じ内容を流している。これは明らかに異常だ。
「……もしかして、これはアレだろうか」
俺は以前読んだSF小説を思い出していた。
そして更に次の日。
また同じ時間にテレビのスイッチを入れた。
『まだまだ猛暑が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしですか?』
この時に俺は確信した。この世界はループしている、と。
どうにかしなければ、という気持ちが全くないわけでもない。この異常事態に気づいているのは、もしかしたら俺だけなのかも知れないのだ。
以前読んだSF小説を始めとする所謂『ループもの』では、大体の場合、主人公にとっての『重大な課題』を解決しなければならない。
その『課題』を解決しない限り、延々とループは続くのだ。
「てーことは俺の場合、引きこもるのをやめる、とかか?」
あくまで俺が主人公であれば、だが。
「……無理、だな」
外に出るくらいなら、このループ世界に閉じこもり続けるほうがマシだ。大体、ループしていることすらしばらく気が付かなかったのだ。さほど弊害があるようにも思えない。
「大体、俺が主人公って……そんな柄じゃないっての」
きっと他に、『物語の主人公』に相応しい誰かが、なにか相応しい課題を、頑張って解決してくれることだろう。そう信じて今日も俺は眠りにつく。
目が覚めると世界は一日前に戻っている。
試しに何度か徹夜を試みたものの、どうしても夜の十一時前には強烈な眠気に襲われてしまう。
最近眠たくなるのが早いなとは感じていたが、どうやらそこら辺がループの境界線らしかった。
ちなみに目が覚める時間帯は決まって朝の七時頃だ。
「まあ、それが分かったところで、どうするわけでもないけど」
なんて言いつつも、俺は少し焦っていた。
部屋に娯楽が足りなくなってきたのだ。
今までは母親に頼んで、定期的に新しいゲームや小説を買ってきてもらっていたのだが、一日がループしているこの状態では、それが出来ない。
折角買ってきてもらっても、寝て目覚めると部屋から消えてしまうのだ。毎日頼み続ければいいのかも知れないが、それはちょっと面倒だ。というか、母親とは出来るだけ会話したくない。食事を持って来てくれる時だって返事をしないくらいなのだ。
「……食事、か」
そもそも、同じ献立が何日も続いている時点で普通ならループに気づくのだろうが、俺は母親の嫌がらせだと解釈していた。
俺がこうして引きこもっていられるのは、父親のおかげだ。父は昔から、俺に対して極端に甘い。本当の母親が、俺が小学校に入ったばかりの頃に事故で死んだことが、その要因だろう。
今の母親は後妻であり、継母である。父が再婚してもう一年になる。
だが、俺は継母といつまで経っても打ち解け合うことが出来ず、彼女は彼女でどうやら俺のことがあまり好きではないようで、家庭内は常にギクシャクとしていた。おまけに中学でもちょっとしたことから孤立してしまい、俺は完全に自分の居場所をなくしてしまった。引きこもりの誕生だ。
――コン、コン
「ユウ君? 晩御飯、置いとくわね」
母親が食事を持ってきてくれた。
いつもどおり、ご飯にハンバーグ。それにお味噌汁。
彼女は、好きでもない、血も繋がっていない、しかも引きこもりの息子なんかのために、毎日こうやって食事を作ってくれている。毎回同じ献立なのも嫌がらせなどではなかった。
そう思うと、急に彼女に対して、申し訳ないという気持ちが生まれてきた。
「あ、あのさぁ」
「……なに?」
「い、いや……あ、ありがとう。俺なんかのために」
「…………気にしないで」
少し震えた声でそれだけ言うと、母親はパタパタと去っていった。
ドアを開けると、ご飯はなかった。
どうやら動揺して持って行ってしまったらしい。
「……今のやり取りも、なかったことになるんだよなぁ」
そう思うと、少し切なくなった。
が、次の朝
『昨日に比べると少し涼しくなりましたね。皆さんいかがお過ごしですか?』
ループ世界は唐突に終わりを告げた。
そしてあれから半年が過ぎ、俺は引きこもりを卒業した。
今から思うと、あのお礼がキッカケで、俺は母親と少しづつ打ち解け合うことが出来たわけだ。
母親にお礼を言うことが、俺にとっての『課題』だったのだろうか。どうにもピンと来ないが、何にせよ俺は、世界がループしてくれたことに感謝している。
俺の不思議な体験談はこれでおしまい。
――
――――
――――――――
心底、疲れていたのです。
一切愛想のない、血の繋がりもない、引きこもりの息子。
そんな彼のお世話をすることが、嫌で嫌でたまりませんでした。
彼さえいなくなれば、私は楽になれる。そんな風に思い込んでいました。
だから、その日の晩御飯に睡眠薬を混ぜたのです。
彼がグッスリと寝静まった後で、包丁を突き刺すために。
でもね、食事を渡した時に、彼が言ったんです。
『俺なんかのためにありがとう』って。
その時、一気に目が覚めました。
私は何という恐ろしいことをしようとしていたのだろう、と。
もしもあの時、彼がいつものように無言でご飯を受け取っていたら……。
きっと私は何のためらいもなく、彼を殺していたと思います。
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