010 残り二十六時間




 円く切り抜かれた草のカモフラージュを押し上げて地上へ出ると、周りは不気味なほど静まり返っていた。


「この先を抜ければシルヴァリーの城がある」


 ふと、先ほど通ってきた地下道を振り返る。セラルフィは複雑な顔をしていた。


「ライムは何とか生きてるさ。信じよう」

「ええ、そうですね」


 まるでまだ生きていると知っているかのような声音だった。それはそれで安心するわけだけれど。変な感じがする。妙に緊迫しているような。


「トト、先に行っててくれませんか」

「どうしたの急に?」

「追っ手がここまで来てるみたいです」

「え、さっきまでライムの隠れ家に集まってたんだよ? それがもうここまで来たの!?」

「ソレとは別みたいですね。微かにシルヴァリーの魔力を感じます。それが何体も」


 帯剣していた直剣を抜き、後ろを振り返る。


「遠隔的に操る力を使ったのでしょう。連中から意識は感じられないみたいです。きっとライムの《トリックドール》と似たような人形を使ったのだと思います」

「僕はまだしもキミは城に忍び込んだことが無いんだろ!? 一緒に逃げた方が良い」

「今の私ならあなたの魔力も感じ取れます。むしろまとまって二人ともやられるよりは生存率が高くなります。それに、私はたかが操り人形相手に殺されるほど弱い種族でもないのでしょう?」


 確かに今の自分がセラルフィと一緒に戦ったとして、役に立つとは言い難い。むしろ足手纏いになる方を気に掛けるようなレベルだ。シルヴァリーの居場所を自分が見つけ出してセラルフィに伝えた方が効率的かもしれない。


「トトはシルヴァリーを見つけ出してください。私は危険因子を排除して、安全を確保したら向かいますから」


 本当にこのまま置いて行っても良いのだろうか。実のところセラルフィの言う追っ手の気配はトトでは感じ取れていなかった。それほど遠い位置にいるのか、セラルフィの感覚が異常に研ぎ澄まされているのか。いずれにしてもセラルフィが遠い人間になっていくようで不安だった。一人で戦っても死ぬという心配は無用である。ただ、一人で戦わせるともっと良くないことが起こりそうでたまらなかった。


「信じてください」


 逡巡しゅんじゅんした後、決断をさせたのはセラルフィの言葉だった。まっすぐに自分を見るその目は、とても真っ直ぐで、揺らぎは無い。

 結局。トトは行ってしまった。セラルフィを信じ、シルヴァリーを探す決断を下した。時間は無い。早々に奴の居場所を特定し、倒さなければ。

 取り残されたセラルフィは静かに息を吐く。やがて、ゆっくりと閉じた瞼を開け。

 ――眼前に広がる人形の集団を見据えた。


「シルヴァリーの下僕達」


 一言。

 発したその一言で、一定の距離を保っていた人形の足は動いた。

 発したその一言で、セラルフィの直剣に火炎の渦が昇った。


「私には時間が無い」


 まるで人間のような人形達。一人目の人形はセラルフィの正面に迫ると、首に手を掛けた。直後、焼却。

 迷いのない一閃は人形の腕を切り落とす。同時に引火。食い荒らす業火。樹液の様なモノが肌を伝う。暗闇で色までは分からなかった。

 立て続けに迫りくる脅威は、一瞬にして焼き払われた。直剣の薙ぎが波状の火炎と成って襲った。

 ただそれだけ。

 ゴミの処分をしているような気分だと。セラルフィは思った。自分の足元に流れて来る人型の有機物。それを消し炭にする行為が、ただただ空しかった。

 そう思い、直剣を納め、己の右腕に火を点ける。

 静かに。膝を折って地に右腕を沈めると、激しい火の海が現れた。

 その海は後方に居る人形にまで及び、一瞬にしてそれらの動きを殺した。鈍い音を立てて地を鳴らしていく消し炭。

 ふと、自分の左脚に妙な感触を覚えた。見下ろすと、小さな人形がセラルフィの服を引っ張っていたのだ。


「――――」


 何かを訴えているようにも見えた。セラルフィからしてみれば、それは本当に『時間の無駄』でしか無い。

 顔の無い子供の人形に、まるで慈悲をかけるかのように優しく。なおも暴力的に。

 子供型の頭に手を乗せると、爆発的な勢いで。火がかつて無いほどに燃え盛った。

 おびただしい量の死体を背に、マヨイビトは恩人の跡を追う。


「……うッ」


 途中。セラルフィは心臓を抑え屈みこんだ。先ほどの光景がフラッシュバックする。幻覚の類なのか。取り返しのつかないような事をした気がしてならない。

 視界がグラつく。脳を左右に振られているような感覚で、とうとう姿勢を維持できなくなってしまった。

 横倒れになったまま、息は荒く。意識は薄れていき、やがて――気を失った。

 苦しそうに顔を歪ませていたのかもしれない。その時は聞こえなかった絶叫が。断末魔が。人形たちからは到底発せられたと思えないようなその叫びが、セラルフィの頭の中で残響のように染み付いていた。



 ――心臓爆発まで、残り二十六時間。

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