005 残り七十五時間④




「いたぞ! 裏へ回った!」

「うわ、もう見つかった」


 まるで内乱が起こったような警戒レベルである。トトがいくら追っ手を撒いてもすぐに逃げ場を潰される。幸いなことは、道中死んだように項垂れていた人たちがセラを捕まえようとしてこなかったことだろうか。きっとこの国の貧民層なのだろう。あんな男が国王なのだから、不幸な人間が多いのも致し方ないのかもしれない。


「トト! 次はどこにいくんですか!」

「いや、もう打つ手がないんだよ」


 どうやら完全に八方塞がりとなったらしい。追い込み漁が如く逃走経路が消えていく。

 やがて行き止まりに辿り着いた。


「ちょっと、どうするんですか」

「いやどうするって」


 高く伸びる壁、壁、壁。行き止まりまで逃げ込んだものの、じきに追手がここへ来るだろう。登って越えようにも壁はあまりにも高すぎる。焦っていると、遠くから追っ手のものであろう足音が重なってきた。


「そこの二人、壁の隅っこに屈んでろ」


 どこからともなく声が聞こえた。追っ手にしてはぶっきらぼうな、今から自分たちを捕らえようとする者の声音ではない。


「ライム! そこにいるのか!?」

「うっさいぞトト。騒ぐとバレる」


 何が起こっているのか分からないまま。壁の一部から穴が現れる。元から開いていた穴に板でもはめていたのだろう。そこから多数の木箱が大きな音を立てて落ちてきた。山のように積みあがる。ただ、木箱を重ねようにもあの穴には届かない。どうやら穴から逃がしてくれるわけではないらしい。


「その後ろに隠れてろ。あとは何とかする」

「なんとかって」

「来るぞ」


 追っ手の足音が大きくなってきた。視線を戻すと穴は消えている。言われるがまま気配を殺し、追手が見逃してくれることを祈った。


「いたぞ! ここだ!!」

「――ッ!」


 見つかった。セラルフィが慌てて立ち上がろうとしたところで、トトが手を掴み止める。

大丈夫だと言い聞かせるように目で訴えていた。きっとトトの方が自制に勤めていたのだろう。額に汗を浮かばせ、大槌の首飾りを握りしめていた。

 ぞろぞろと集まる兵団。自慢げに二人がいる方向へ指をさす男に、呼ばれてきた小隊長が頬を引きつらせながら近づいた。


「おいペジット。お前は俺をバカにしているのか?」

「へ?」

「《トリックドール》だ! よく見ろバカ者が!」


 脳天直撃した拳骨と共に男が指をさしたのは、木箱の前で両手を上げる少年少女二人の姿だった。同じ姿勢のまま固まったセラルフィそっくりの人形には、生気が宿っていない。使用者の思い通りの形に姿を変えるカラクリ人形だった。

 殴った小隊長は、自分の剣をセラルフィの人形に突きさした。するとそれはバカにするように一気に膨張し、風船のように弾けて消滅した。


「あ」

「ペジット、お前最近調子に乗っとるんじゃないだろうな。お前がいくら飛び級で入隊した凶獣討伐のトップランカーだからといって、所詮は貧乏人が賞金稼ぎで狩りをしているだけの世間知らずだということを忘れるな。この部隊では俺がリーダーだ。いい加減立場をわきまえろ」

「いや、そんなつもりじゃあ。それにオレ、正義を貫く心構えだけは誰にも負けない自信が」


 小隊長が厳しく睨みを飛ばすと、ペジットはもはや黙るしかなかった。

「もっとよく見ろ。日が沈む前に見つけないと、シルヴァリー様にどんな罰を受けるかわからないぞ!」

 怒声に弾かれるように、追っ手は散りじりに来た道を戻って行った。

 やがて、再び壁に穴が現れる。ひょっこりと顔を出した少年の額にはゴーグルがはめられていた。ぱっと見でメカニックのような風貌をしている。

「……生きてるかお前ら。にしても誰だこの子。頭に浮かべてんのはアレか。新しいファッションってやつか? 俺は女の流行りとかファッションセンスとかわかんねえが、それがダセえことぐらいはわかるぜ」

「助かったよ。ライム」

 遠慮なしに自他ともに認めるダサい飾りを指摘されたセラが訊いた。

「彼は?」

「俺はライムだ。姓は無い。ただのライムな。こいつとは同じよそ者だけど、俺のほうがよそ者歴長いから先輩だぜ。で、なんでお前らは兵団に追われてるんだ?」

「話は後にしよう。ここにいてもいずれ見つかる。詳しいことはライムのアジトに着いてからだ」



 ――心臓爆発まで、残り七十五時間。

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