家族の食卓
euReka
家族の食卓
「ねえ」三つ下の妹が僕に言った。「そんな気持ち悪いもの早く捨ててよ」
僕たち家族は、夕食後の食卓を囲んでいた。食卓の中央には、レトルトカレーのような銀色の袋に閉じ込められた“そいつ”が置かれている。
「ほらまた動いた!」妹は顔をしかめながら叫んだ。
母さんは溜め息をついて僕を見た。
「近頃どうも様子がおかしいと思ってたら、部屋にこんなもの隠して」
父さんは一人黙ってお茶を啜っていた。
「ミキだってもうすぐ結婚するっていうのに」
母さんは独り言みたいにつぶやきながら台所へ行った。
妹のミキはテレビを点け、父さんは新聞を開いた。僕はやることがなかったので、正面の白い壁を眺めていた。
すると妹がテレビを見ながら急に口を開いた。
「それって地球外生物かも」
「まさか」と僕。
ずっと黙っていた父さんが新聞から顔を上げて僕に質問した。
「それ、名前は何というんだ?」
「名前なんてあるわけないさ」
「でも名前がなきゃ困るだろ」
母さんが、むいた梨を皿に盛って台所から戻って来た。
「それ、保健所に持って行ったほうがいいんじゃないかしら。ねえ父さん?」
父さんは新聞を閉じ、“そいつ”を眺めながら腕組みをした。
「そうだな。悪いが母さん、明日保健所へ電話しておいてくれないか」
僕は白い壁を眺めるのに飽きたので天井を見上げた。
「ちょっと待ってよ」妹はテレビを消した。「その変な袋、今から開けてみない?」
家族は一斉にお互いの顔を見た。まるで悪だくみでもするみたいに。
「それはだめだ」父さんはみんなから目をそらした。「名前も分からんような生物を裸で野に放してみろ! 地球の生態系を破壊しないとも限らんぞ!」
「だったらさ」妹はニヤつきながら頬杖をついた。「袋から出た瞬間に調理用のバーナーか何かで燃やしちゃえば?」
「とにかく」母さんは僕にハサミを手渡した。「ミキも結婚するんだから、変な問題はキレイさっぱり始末してちょうだい!」
僕たち家族は食卓を立ち、みんなでゾロゾロと庭へ出た。
「いいかい?」僕はみんなの顔を見た。
家族で庭に集まるなんて何年振りだろう。
「切るよ」
その後、妹は結婚し、子供を産んで新しい家族をつくった。父さんは定年退職し、母さんと二人で穏やかに年金暮らしをしている。
そして僕はというと、あの日、銀色の袋から出してやった“そいつ”と家を飛び出し、今も一緒に世界中を旅して回っている。“そいつ”にまだ名前はない。
家族の食卓 euReka @akerue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます