女一刀流始末
若狭屋 真夏(九代目)
剣客の子
「るい~るい~」と四谷にある「一刀流高木道場」に走ってきたのは寄合席に身を置く四百石の旗本森孫四郎である。年は46で温厚な人物として周囲にも受けが良かった。
道場では木刀を交わす音が絶えることは無い。門弟は40人を超えた大道場である。
「お殿様」と孫四郎のもとに寄ってきたのは下働きをしている権六である。
「ご、権六。。水をくれ」
「はい、ではこちらに」
といって権六は孫四郎の体を支え屋敷に連れて行った。
この「高木道場」の今の主は先代高木武兵衛帯刀の子るいである。女でありながら道場主を守っていた。武兵衛は孫四郎の妹の夫、つまり義理の弟にあたる。
先代武兵衛と孫四郎は剣の腕では武兵衛の方が勝っていたが年も近かったため馬が合った。
武兵衛は孫四郎を「兄」と呼んで慕った。剣ではとても敵わないが武兵衛の素直なところが気に入っていた。
稽古が終わると孫四郎の屋敷で吞む事も珍しくなかった。
孫四郎の妹さちと武兵衛が知り合ったのもそのためである。
さちは母に似て美人であったため嫁入りの話も上がっていたがそれを断っていた。
やがて孫四郎の父が卒中で倒れそのまま帰らぬ人となった。通夜で家中が上を下への大騒ぎであったがその騒ぎが終わったころ、武兵衛が酒を持って森家の敷居をまたいだ。
「孫四郎殿はいらっしゃられるか?」
その聞き覚えの声に孫四郎は心躍った。
いそいで玄関に向かうと武兵衛とさちがひそひそと話をしていた。
「おう。武兵衛、おぬしの顔を見たかった。上がれあがれ」
「失礼いたす。」
「兄貴、このたびは誠に残念であった。これを父上に」といって三両の大枚をだした。
「気にするな。武兵衛」といってそれを返した。
「いや、しかし、、」といったが孫四郎は首を横に振った。
「それよりも酒を飲もうではないか?」パンパンと手を叩き屋敷の者を呼んだ。
「はい」と答えたのはさちであった。
「さち、すまぬが酒と何ぞつまみでもあるかな?」
「はい」といって下がった。
「そ、それでの、、、兄貴」
「なんだ?武兵衛」
「あの、、、さち殿の事なのだが・・・」
「さち?」
「あぁ、」
武兵衛は懐から茶碗を出すと持ってきた徳利から酒をだして一気に飲んだ
「さち殿と、所帯を持ちたいのだ。兄貴」
と武兵衛は頭を下げた。
そこにちょうどさちが酒と肴の用意をして部屋に入ってきた。
武兵衛の声が聞こえたものだからさちは恥ずかしくなって膳を落としてしまった。
「なんだ、それでおぬしらこそこそと・・」
「い、いや、いつか兄貴と御父上には折を見てお願いしようと思って負ったのだが。。。」武兵衛とさちの顔は真っ赤だ。
「だめだ。といったら?」孫四郎は鋭い目をした。
「俺は修行の旅に出る。生涯妻は持たん」
孫四郎は盃をあけると大きな声で笑った。
「武兵衛。お前は、ほんとに憎めぬ奴よ。実は親父殿もな、お前らに早く所帯をもたせろとよくわしに話したものよ」
「では?」
「遅くなってすまん、今日からは本当の兄弟だな」
こうして次の年武兵衛とさちは祝言をあげ四谷に道場を構えた。森家の資金援助もあったためである。
次の年には長女るいが産まれた。
武兵衛の指導が良いのか門弟は60人を超える大道場となった。
一方で孫四郎も旗本の娘あきを嫁に取り次の年には女の子を授かった。
しかし3年前武兵衛は稽古中に倒れた。
病床で孫四郎や高弟たちの前で道場の後継者を「樋口清左衛門」にすることを公言した。
「兄貴、、、さちとるいの事は頼みましたぞ。るいにいい伴侶をぜひとも。。。」といって武兵衛は鬼籍に入った。
樋口清左衛門は30過ぎの男で元々浪人ではあったが剣の腕も人格も道場一であった。しかし人がいいのが仇となり道場の主になることを拒み、るいを道場主として自らは師範代として門人の稽古をつけていた。
「武兵衛の、弟の頼みを早く叶え清左衛門の早く道場主になってもわわねば」そのために東奔西走してるいの亭主を探しているのである。
そして今日もるいに見合いの話を持ってきたというわけである。
道場の稽古が終わったらしく木刀の音は止んだ。
孫四郎が座敷で妹さちとたわいもない話をしていると樋口清左衛門が孫四郎の前に現れた。
「これは、森のお殿様」といって頭を下げた。
「おい、清左、おぬしは腕はいいが度胸がないな」
「はあ?」
「早くこの道場主になれっていっておるのだ」
「しかし、おさち様やおるい殿がいらっしゃいますし。。」
「さちとるいの二人くらい森家でなんとでもなる。追い出してしまえ。」
「兄上、追い出せとはひどいことを。」さちは兄をにらんだ。
「言葉のあやだ。戻ってくればよい。」孫四郎は茶をすすってごまかした。
「それにしてもあのじゃじゃ馬またしても見合いをふりおった。」
「好きな男でもいるんじゃないか?」
「そんな殿方がいらっしゃいますかしら?」
「ああ、あの姿ではなぁ」
と孫四郎が言うとさちと孫四郎は大笑いした。清左衛門は苦笑いをしている。
「はくしょーん」と大きなくしゃみをしたのはそのるいである。
姿は大小を腰に差し髪は束ね若党のような恰好をしている。
「また、伯父上と母が噂をしているのであろう。出来る事なら伯父上を道場で叩きのめしたいわ。」
とるいは心の中で思っていた。
女一刀流始末 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。女一刀流始末の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます