無限世界を旅するナロル ~『わくわく』を求めて~
瀬田桂
ひとつめの世界『ハジマリ・ワ~ルド』
第一話 はじめまして、世界!
抜ける青空。ふんわりとした白雲。
色とりどりの風船が、高くまで飛んでゆかずにふわふわあちらこちらに浮かんでいる。まるでちょっとだけ余った絵の具の使い道に困り、とりあえず空の余白に描いてみたというような、あまりにも唐突で所有者不明の風船たち。
飛び散る飛沫。ちゃぷちゃぷ優しい波。そよぐ風。
小さなお魚が水面近くをのんびりと泳いでいる。
「ああ、本当に気持ちの良い朝だなあ!」
物語の主人公・ナロルは大きく背伸びをして身体を反らせ、そのままの勢いで仰向けに寝転がる。空と海とナロルの境目を縁取っているイカダが、つらりらん、と音を立てて揺れた。
茶色いイカダの端っこに、ナロルと向かい合う形で白くて細長い筒が生えてきた。先端は丸みを帯びていて、黒い半透明の大きな眼鏡のようなレンズが二つ、ナロルを見つめるように動いた。
「軽い異常振動を検知しました。転覆可能性1.86パーセント。至急重心移動による体勢の補整を行います。私は怒っています。少しだけ」
機械の女性の声でレンズは言った。その内容とは裏腹に、声に怒りの感情は表れておらずいたってフラットさを保っている。
「ごめんね。はしゃいじゃった」
「補整完了しました。転覆可能性ゼロパーセントに修正。私は許します」
「よかった、ありがとう」
ナロルは胸を撫で下ろした。
「あと12ミカフほどで目的地に到着します。位置情報:『ハジマリ・ワ~ルド』ここは、君が作った世界」
「ほんと!?」
弾かれるように筒のところへと向かい、進行方向はるか遠くに目を凝らす。
すかさずレンズが注意する。
「軽い異常振動を検知! 私は怒って――」
「ごめん!――どれどれ……あ、あれか!」
その先には海とも空とも違う、黒くて平ぺったいものが地平線にへばりついているのが見えた。上部はいろいろごちゃごちゃとしていて、その真ん中には大きくてこれまた黒い正三角形が自らが王であると言わんばかりの迫力でどすんと腰を落ち着けていた。
目を擦るナロル。
「でも、なんだか黒くてよくわからないね」
「目視判別可能距離にまだ届いていません。所要時間は約9ミカフ」
12ミカフ、そして9ミカフがいったいどれくらいの時間を表しているのか、ナロルはぜんぜん知らない。
「楽しみだなあ。別の世界に来るのなんて初めてだから、わくわくするよ。えーと……なんて言う世界だっけ?」
「『ハジマリ・ワ~ルド』。キャッチコピーは『ここは、君が作った世界』」
「えと……は、じまり、わあるど、きゃっちこ?ぴー……?」
「違います。名前は『ハジマリ・ワ~ルド』だけです。それ以降は『キャッチコピー』です」
「きゃっちこぴー?」
高難度の言葉に出会い、目を白黒させる。
白い筒はあくまでも無感情を貫きながら、機械らしく辞書に載っている意味と用例を引用した。
「――以上、広辞苑第七版より引用」
「こうじえん?」
「広辞苑の意味をお知りになりたいのですか」
なぜか少し驚いたように音が乱れる。
ナロルは悩むように唸った。
「うーん、やっぱりいいや。よくわかんなかったけど、たぶん大事じゃないことだからいいよね。とにかく、今から向かうあそこの名前は『ハジマリ・ワ~ルド』って言うんだね。うおおおお、わくわくが燃えてきたぜ!」
「『わくわく』は感情を表わす言葉であり、形を持たないので燃えることはありま――」
「楽しみだなあ。どんな世界が待ってるんだろう」
きらきらと輝く瞳を太陽や海から反射される光で更にぴかぴかと輝かせながら、ナロルは仁王立ちになって新たな世界の到来を待ちわびていた。
「きっと、素晴らしい世界ですよ」
白い筒は小さな機械音声でそんな言葉を発した。
もちろん、ナロルには聞こえない。
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