第33話 悩み、ピンクい

 僕と百田が並んで登校している。かなり、ちぐはぐな有り様だろう。


 その間を割って、レツさんも身体半分斜めにして歩いている。百田に睨みをきせるようにして、うん、結構、珍妙な具合になっている。


 不自然な自然というヤツだ。


 それでも百田はお構いなしのようだ。こいつは何を考えている。いや、企んでいるのだ。


「ぅわぁ、すぅごいじゃないですかぁ、ねえ、カル君?」


「みょ?」


「ちょっとぉ、カル君、聞いてないのぉ。しゃんとしないと暮内くれうち先輩に嫌われちゃうよぉ」


「ふぐ!」


 レツさんの裏拳が喉仏に直撃する。すんません。最悪でいいすから、せめて僕の顔見て、殴ってください。


「な、何でしょうか、何の話でございましょうか?」


暮内くれうち先輩のクラスの話ぃ。二年一組って言ったら、特別進学科でも選りすぐり、スーパー理系ってクラスなのよぉ」


「え、でも、百……ローちゃんも特別進学科だろ? 違うの?」


「一年生はぁ、まだ文系理系に分かれてないから。でもぉ、スーパー理系には見込みのある二年生からしかなれないの。単に医学部行きたいとか旧帝大に行くとかそういう次元じゃなくてぇ」


「ええ! 医学部とかよりも上ってあんの?」


 普通科の僕には、まさしく雲の上のことだった。特別進学科は確かにその多くが旧帝大や有名私大に進学するとは聞いていた。しかし、それよりも上があるのか。


「そぉよ、日本じゃなくて、世界ねぇ。CALTECHとかMITとか」


「……何、そのゲーム用語んぐほっ」


 レツさんからのエルボー。だから僕の顔を見てってての。ぎゃむ。かかとで僕のつま先を踏みつけないで。


 レツさんはこほんと咳払いする。


「CALTECHってのはカリフォルニア工科大学のことだよ。で、MITってのはマサチューセッチュ工科大学のことで……」


「マサチューセッツ工科大学ですねぇ」


「マサチューセッチュ」


「……」


「セッチュ」


「(怒)」


 ぎゃあ、すんませんすんません!! だから往来で僕を追い回さないで!! みんな、見てるから!! 馬乗りは勘弁してください!!


「と、とにかく、世界の有名な大学ってことだよ!! いいだろ、それで!! わかったか、牛乳!!」


「はいす!! 二度とマサチューセッチュのことは……」


「てめえ、やっぱり馬鹿にしてんな!!」


 低身長のレツさん、僕の胸目がけて、ポカポカって擬音が似合うならまだしも、レツさんは全力でボコボコ殴ってくるから痛い。普通なら全肋骨、粉砕だ。さすがは自慢のイエローボディ。


「ぅふふふ! 二人ともほんとぉ仲良しねぇ。少し、羨ましいぃかなぁって」


「んなことあるか!!」


「ない、ない、ない。ローちゃん、それはない」


 僕とレツさん、二人で両手を振って否定する。百田はむせ気味になっているらしく、目尻を拭った。


「でもぉ、暮内くれうち先輩、見て安心しちゃったぁ。スーパー理系に入れるって、どんな化け物なんだろって疑問に思ってたからぁ」


「そ、そうかよ。な、なら、あたしもいいさね」


「ちなみに、暮内くれうち先輩って進路は決まってるんですかぁ? 良かったら特別進学科の先輩の意見とか聞いてみたいかなってぇ」


「ああ、あたしか。あたしは正義の味方に……ひゃはぁっん!!」


 僕は慌てて、レツさんの背骨を人差し指で撫でなぞる。彼女の可愛い声は聞かなかったことにする。すっげえ、ギンッどころかその最上級、ガギンッって眼光が光っていたから。


 僕は、人差し指をそのまま口に当てて、レツさんに囁く。


「牛乳、て、てめえ、ぶっ殺す!!」


「ダメっすよ、レツさん。ヒーローの話は秘密だって、校長が、保健のお姉さんが言ってたでしょ」


 そうなのだ。あのダメ大人二人は僕には言わなかったくせに、レツさんにだけ念入りに注意していた。ヒーローであること、類い稀なる素質ギフトであることを包み隠せと。少なくとも、エビルサインが明らかになっていない今、その存在を明らかにすることは無謀であると。


 後、頭、おかしいって思われるって。特別進学科ゆえに尚更。マッドサイエンティストとマッドドクターが何を言うと思ったが。


「……暮内くれうち先輩?」


「そ、そうさね、あたしはスーパーマルチデストロイヤーになりたいやね!! 何でもいいから、ぶっ壊したい気分だ!!」


 下手な言い訳だ。と思ったが、世にいるスーパー何とかクリエイターよりはマシか。レツさんも涙目になってるし。


「ふぅん、そっかぁ。先輩は、もう大学卒業後のビジョンもあるんですねぇ。すぅごーい」


「あは、あははは、そりゃ、そうだろ、なあ、牛乳!!」


「ふは、ふはは、レツさんの言う通りでさあ!!」


 よし、何とか誤魔化せたか……おや?


 急に百田が表情を曇らせた。なぜだ? おかしな言動は数えきれないが、傷つけるようなことはなかったはずだぞ。


「どうした、百……ローちゃん、何か、あったか? いや、したっけ?」


「うぅん。こんなこと全然レベルが違うし、暮内くれうち先輩やカル君に相談できないからぁ」


「おいおい、水臭えな!! お前は牛乳のご近所さんだろ!! だったら、あんたはあたしの未来の……だぁあ!! いい!! 何でもない!! だから、悩みがあるなら言え!! さっさとな!!」


「えぇえと、いいんですかぁ、ほんとにぃ?」


「ああ、あたしに任せろ!!」


「そうだ、ローちゃん、レツさんに任せておけ」


「あのぉ、私、……今、ストーカーに遭ってるみたいでぇ……。すごく怖いんです。どうすればいいんでしょぉ?」

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