第26話 赤、痛快

 屋上の鉄扉が屋内からガンガンと叩かれている。


「おい、牛乳、いるか!! 大丈夫か!! そこにいるんだろ、牛乳!!」


 僕は屋上の手すりの向こう側、縁に立たされ、連中から羽交い締めにされていた。口元までも封じられていた。しょっぱかった。


「……黙ってろよ? つーか、死にたくなかったら」


 望月が僕の耳元で囁く。


 悪級劣ワルキューレの一人が鉄扉を肩で押さえ込んでいた。


 僕は望月を見やった。


「なんで、てめえ、それとも死にてえのか」


 マジで最低な男だ。僕は口元の手を思いきり噛み切る。


「ってぇえ、こいつ!!」


 僕は声を振り絞って叫ぶ。できるだけ、持ちうるかぎりの大声で。


「姉さん、来ちゃダメだ!! それよりも校長を!! じゃなくて、保健のお姉さんを呼んでください!! 早く!! お願いします!!」


「ずっどーん!!」


 僕が叫び終わるや否やのことだった。鉄扉が悪級劣ワルキューレもろとも吹っ飛んだ。文字通り、空中に飛んでいた。重量五十キロはある鉄の扉が、がたいのいい悪級劣ワルキューレが二メートルもの高さに。


「!?」


 屋上にいた全員に衝撃が走った。鉄扉ともに散った男は意識を失っている。望月はガチガチと歯を鳴らした。


 扉跡から、制服のジャケットを肩に、超ロングスカートの女子がゆっくりと姿を現した。顎を突き上げ、眉を八の字に歪ませ、額には血管が浮かんでいる。


「キレたら屋上なのか、屋上だからキレてんのか、もうわかんねえ。わかんねえな!! 超dead over heatingだぜ!! てめえら、覚悟しろよ!! 月面よりもボッコボコにしてやんよ!!」


 望月が「ひぃい」と情けない音を喉から漏らした。


「お、おい、お、お前ら、行けよ。あの女だよ。ぶっ殺せ!!」


 望月の引き絞った声に、悪級劣ワルキューレは一斉に彼女に襲いかかる。


 の、前に。


「おい、牛乳!!」


「は、はい!!」


「何で、あんたはあたしをレツと呼ばない!!」


「す、すんません、レツさん!!」


「上等、善い響きだ!!」


 僕は彼女が満足そうにニヤリと笑うのをみた。それは爽快な微笑みだった。不敵で大胆な輝きだった。


 彼女はロングスカートの裾を手繰り挙げると、真っ白な右ふくらはぎが露になった。わお、ビューティフル。違う。そこじゃない。その足に備えられていたかのような、物騒で黒ずんだ木塊。人はそれを木刀と呼ぶ。


 レツさんは木刀を構えるとフルスイングする。と、辺りの空気が圧縮され、衝撃波となる。


 彼女を囲む悪級劣ワルキューレらの制服が触れてもいないのに切断されていた。


「!?」


「じゃじゃじゃーんと、最終回ってヤツだ。ぶっ飛ばされてえヤツからかかって来な。ぶっ飛ばされたくないヤツは後ろに下がんな。後でどっちみち、ぶっ飛ばす。それじゃ、どかんと言ってみようか!!」


 僕は思った。人って、こんなに簡単に舞い上がるんだ。


 そして思う。木刀を振るうたび、律義に「どっかん」「どかん」言うヤンキーがいるなんて。


 そのせいで僕は気付かなかった。望月が僕の背後に回っていたことに。

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