君の痛みは僕が貰うから
新成 成之
第1話 誰にも見せない
目を閉じると甦る当時の記憶。
ベッドを囲むクリーム色のカーテン。真っ白な天井。管に繋がれた右手。そして、カーテンの向こうから聞こえる、君の哀しい泣き声。
*****
朝のホームルーム前の教室はいつも賑やかである。皆、友人とのお喋りに花を咲かせている。そんな中、俺はいつも一人で教室に入っていく。別に、一緒に登校してくれる友人がいないという訳ではない。俺はどうしても、朝のこの登校時間だけは一人でいたいのだ。それは俺が昔から朝に弱いというせいもあるかもしれない。低血圧で、低体温。目が覚めて直ぐは身体が動いてやくれない。そんな朝は一人でゆっくり過ごしたい。だから、俺はいつも一人で登校している。
自分の席に着き、荷物を机の横に掛けると、女子のグループの中でお喋りをしていた
「どうしたの?」
俺のことを待っていたのか、一ノ瀬さんは俺が来るなり俺の耳元に顔を近付ける。吐息のかかるその位置で、一ノ瀬さんは囁くようにこう言った。
「あのさ、お願いしたいんだけど、いい?」
そう言った一ノ瀬さんの表情はどこか苦しそうで、俺は「いいよ」と、ただ一言そう言うと、一ノ瀬さんを近くにあった椅子に座らせた。
何も知らない人から見たら異様な光景だろう。俺はクラスの中でも特に目立った容姿をしている訳でもない、平凡な男子高校生だ。それに比べて、一ノ瀬さんはクラスの中でも特に目を引く女子だ。何故なら、一ノ瀬さんは俗に言うギャルと呼ばれるような格好をしており、華美な化粧が印象的な女子高生なのだ。それでいて、不細工というわけでもなく、どちらかと言えば美人に分類される。そんな一ノ瀬さんを椅子に座らせ、向き合うようにして立ってる俺、という構図は異様と言えば異様である。しかし、この教室にいる誰も、何も言ってはこない。今この教室にいる全員が、俺が何をしようとしているのかを知っているからだ。
「じゃあ、やるね」
俺がそう言うと、大人しく椅子に座っている一ノ瀬さんはこくんと頷き目を閉じた。俺は右手をゆっくりと持ち上げると、人差し指で優しく一ノ瀬さんの額に触れる。その瞬間、下腹部を鈍痛のような激しい痛みに襲われた。それだけではない、吐き気を感じ、額には汗が滲み出る。しかし、俺はそれを悟られないように、出来る限り平静を取り繕い笑って尋ねる。
「どう?良くなった?」
すると、それまでの苦しそうな表情から一変。一ノ瀬さんの表情は明るくなり、笑顔まで浮かべている。
「すっかり良くなったよ!毎回悪いね!また、次来たら頼むね!」
一ノ瀬さんは笑顔でお礼を告げると、元いた女子のグループに戻って行った。
「本当、助かるわー!」
「いいなー、私もそろそろだから頼んでみようかな」
女子のグループからはそんな会話が聞こえてくる。俺は誰にも気付かれないように教室を出ると、トイレに駆け込んだ。
蛇口を捻り勢いよく水を出すと、俺は乱暴にその水を顔に打ち付けた。
「はぁ・・・、はぁ・・・、うっ!」
洗面台に手をつき、激痛に耐えながら肩で息をする。世の女性はよくこんな痛みが耐えられるなと、感心している俺がいた。
俺は特殊な力を持っている。その力とは、『触れた相手の痛みを自分が貰い受ける』というものだ。そんな超能力みたいなもの実際にあるわけないだろと思うだろう。しかし、俺は実際にその力を持っている。つまり、さっき教室で一ノ瀬さんの額に触れた俺は、一ノ瀬さんが持っていた痛みを全て俺が貰ったのだ。そのため、それまで痛みに襲われ苦しんでいた一ノ瀬さんが、俺に触れられたことでその痛みから開放され、笑顔になったという訳だ。
ある日、友人である増田の痛みを貰ったのをきっかけに、俺のこの不思議な力の噂は広まり、今ではクラスの一人を除いて殆どの人がこの力の存在を知っている。
早まる心臓を落ち着かせようと、ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。太鼓のように鳴り響く心音は、鼓膜までも振動させる。すると、トイレの入口の扉が開き、友人である増田が入ってきた。
「なんだ高梨?具合でも悪いのか?」
そう言われた俺は、咄嗟に自分の顔を鏡で確認する。すると、そこにいたのは真っ青な顔をした自分だった。
こんなんじゃだめだ。こんな半端者では、本物にはなれやしない。
「体調悪いなら無理すんなよ?お前体弱いんだから」
増田とは高校に入ってからの付き合いだ。一年生の時から同じクラスで、二年生になった今では隣の席である。気さくな性格の増田はよく俺の心配をしてくれる。俺が他の人の痛みを貰った時にトイレに駆け込むと、よく増田が入ってくる。そのせいで、増田は俺の体が弱いのだと思っている。まあ、それはそれで間違っていないのでなんとも言えないのだが。
「俺、先戻るな」
増田は用を足すと、教室に戻って行った。
鼓膜を鳴らす心音もだいぶ収まり、吐き気も無くなってきた。俺はもう一度顔を洗い、教室に戻った。
誰にも気付かれてはいけない。ずっと隠し続けなければならない。
俺の持つ力が『痛みを消し去る』力でないことを。
胸を摩りながら教室に戻ると、誰かから見られている、そんな気がしてならなかった。
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