第100話 はじめての貸家!
リリに案内されるまま、俺たちは宿舎に向かうことになった。
先程いた広い芝生の空間を越えると、コンクリートの建物が立ち並ぶ、随分と都会風な街並みが現れる。ここ一帯は外部から上層部に住み込みで働いている人たちが住んでいる地域らしい。
それにしても、久しぶりにコンクリートの建物を見た気がする。元の世界にいた時にはコンクリートが基本で、レンガでできた家など、少なくとも日本では見かけなかった。地震が多い地域でもあるから、レンガ組みは普通使われない。
そう言えば、俺が『オオイタ』の街を破壊してしまった時、次の日にはもう街は元どおりだった。恐らくだが、レンガなどの簡単な作りのものは魔法で……例えば【土】の
上層部は周りを高い壁で覆われているのみならず、その周囲には『トウキョウ』の住宅地が広がっていると聞いた。ならば、外敵からここが襲われる確率は限りなく小さく、「直しやすい」よりも「壊れない」建物が重視されているのかもしれない。
灰色の多い地区をリリはサクサクと進んで行き、レンガ造りのお洒落な街並みが不意に広がる。どうやらここから先は上層部に生まれ上層部で生活する人たちの住宅街になっているようだ。
俺たちはその住宅街と灰色の宿舎地帯との間ギリギリのところに建てられた、元の世界で言うところの一般住宅より少し大きいくらいの建物で足を止める。宿舎というより、普通に家屋だ。思ったよりかなり良い印章。これまで見た来た灰色のコンクリートの建物は合宿場のような雰囲気を感じなくもなかったんだけど、俺たちの泊まる宿はもっと柔らかな印象を受ける。
イメージとしては元いた世界で言うところの一般的な一軒家。屋根は紺色の瓦が敷き詰められていて、壁はねずみ色のタイルが敷き詰められていた。普通にインターホンまである。
「ここなの! おにーちゃんたちはミリアの知り合いだから、ちょっと良いところに住めるように王様には言っておいたの。貸し切りなの!」
「そうなのか……って貸し切り!? リリそこまでしてくれたの!?」
「そうなの! おにーちゃんに褒めてもらいたくて! …………と言うのは嘘で、単にリリのお家の近くに住んでもらいたかったからこうなったというのが正しいの」
「なるほどな。とにかくありがとう。まさかここまで普通の宿……というか一軒家を用意してもらえると思わなかった」
そうしてリリは上目遣いで俺を見てきて、頭を撫でるよう訴えかける。
その仕草が非常に愛くるしかったので、俺は欲求に抗うことなく彼女の頭を撫でてあげた。気持ちよさそうにリリが喉を鳴らす。猫っぽくて可愛い。
案の定クレハも同じように物欲しげな視線を俺に向けるが、まあ見なかったことにしよう。
「早速入ってみるか。鍵とかってリリが持ってる?」
「ええっと、このお家には鍵はないの。魔力で鍵の開け閉めができるようになってて、だからまずみんなの魔力を鍵の方に記憶させないとダメなの」
「施錠まで魔力で行えるのか。すごいな」
「すごいと思うの! 実を言うと、このお家は新しい技術のテストのために建てられたものなの。リリのお家は普通に鍵を使って開け閉めしてるの」
「なるほど。俺たちは新しい技術のモニターの役割も兼ねてるのかもね。でも、こんなに良さそうな場所に住めるなら俺は文句はないな。クレハたちはどう思う?」
俺はクレハとアイリにそう問いかけた。ミリアは確か、自分の家が上層部に引っ越しされてるとのことなので、そっちに住むのだろう。
クレハは考える迄もないと言った様子で、すぐに答える。
「私は全く問題ないよ。逆にこんなに良い場所に住めるなんて嬉しいな。だって私の家より綺麗で、カッコいいし。でも少し不安なことがあって……」
「……不安?」
「うん。ここにタケルくんと私とアイリが住むことになると思うんだけど、すぐに人数増えちゃうと思うんだよね。そうなったときこの大きさで本当にスペースが」
「作らない。アイリはどう思う?」
「もうっ! タケルくんのいけず!!!!」
キレ気味にクレハはそう言った。いつものしょんぼりいけずはどうしたんだ。
アイリは何のことだと首を傾げたが、あまり気にせず話を続けてくれた。
「わたくしも問題ないですわ! とても良いお家だと思いますの。それよりわたくしはタケル先生が心配ですわ」
「俺が心配? どうして?」
「さっきリリさんは魔力で鍵の施錠を行うと言っていましたわ。そうなると先生は……」
「あっ、忘れてた。俺鍵閉められないじゃん!? 開けれもしないし、これは不便だな。誰かと一緒に行動してれば大丈夫だし、俺のことはいいよ。でも心配してくれてありがとな、アイリ」
「いえいえ! タケル先生が普通の生活を送るのが困難であるのはこれまでで十分分かっているつもりですので、当然の配慮ですわ!」
アイリはそう言いつつ、上目遣いで俺に何かを訴えかける。あれ? この展開さっき見たぞ?
俺はアイリのフワフワの髪を優しく撫でると彼女は幸せそうな顔で笑顔を浮かべ、それに合わせてクレハが以下略。
今度はおまけにミリアも何か不満げだ。ミリアはアイリのことを溺愛してるから、自然な流れでアイリとスキンシップを取られるのが悔しいのだろう。
とにかく、鍵が開閉できないのは不便だが、俺以外の人たちはできるみたいだし、そこまで重大問題ではない。
早速、アイリとクレハ、それにミリアは魔力ロックの扉に自分の魔力を登録することになった。
リリは初めに、扉の横に付けられているパネルに手をかざす。遠くからでよく見えないが、右端のボタンを押した後に、アイリたちはそれぞれ手をかざしていった。
3人全員の登録が終わったところで、リリは驚いたように手に口を当てていた。
「すごいの。全員登録できちゃったの。つまり……3人は固有加護持ち!?」
「私は固有加護持ちよ。【
「自覚はありませんでしたが、【感覚操作】は固有加護のくくりなのかもしれませんわ。それとも【支配】も固有加護扱いなのかもしれませんの」
「私も持ってるよ。前にも言ったけど【理想の
「説明が違ってるぞ。リリの予想通り、みんな特殊な
「その通りなの。リリは詳しく知らないけど、作った業者さんが言うにはそうなの。ええっと……タナカ設備さんだって。壊れたらそっちに連絡よろしくなの」
リリはポケットから取り出した取扱説明書らしき紙を読みながらそう言った。
こっちの世界では魔法関係の技術研究をしている企業もあるらしい。
クレハはその会社の名前を小さく何度か繰り返していた。
彼女は有名な鍛治職人の家系の娘で、武器の仕組みについて周りの声が聞こえなくなるほど、興味がある。彼女の父親もそうだった。新しい技術を目の当たりにすることで、彼女の好奇心がくすぐられたのだろう。
扉の説明が終わったところで俺たちは、家の中に入る。
玄関で靴を脱いで中に入ると、そこには茶色いフローリングがされた綺麗な床が続いており、両サイドと奥に扉が見えた。俺たちは一先ず1番奥の扉を開けた。
部屋の中を見渡す。見ると、左手前にはキッチンがあるのが見えた。俺の背よりも大きな冷蔵庫がある。しかし……
「……広い部屋だよね。家具は……ほとんど無いみたいだけど」
「その通りね。生活感がない以前に、生活させる気があるのかが甚だ疑問だわ」
「ここに住むのはわたくしたちが始めて、ということなのですわね」
「ええっと…………ちょっと役所で確認してみるの」
リリが苦笑いでそういうと、扉から外に出て、
残された俺たちも、何もない部屋を見渡し、微妙な顔を浮かべた。
どうやら、魔力ロックが解除できず、運搬業者が中に入れなかったことが原因だったことが後に分かるのだが、その時も再び俺たちは苦笑いを浮かべたのだった。
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