第98話 リリの強運

 覇気を身に纏った2人の少女たちは、1人は剣を、1人は鍵を青年に向けた。

 恐らくこの世界において最大戦力であろう2人から敵意を向けられているというのに、それでも王様は未だにヘラヘラと緊張感のない笑みを浮かべていた。


「2人とも剣を……リリさんのは剣じゃありませんでした。とにかく武器を下ろしてくださいよ! 危ないですって!」

「危ないのはどっちよ。平気な顔して人を殺そうとするやつの方が危険に決まっているわ」

「うっ……胸が痛い。成長痛かも」

「クレハ、今結構真剣なシーンだから大人しくしててくれ」


 この場で1番危険な女の子にツッコミを入れる。

 こんな時でも彼女はいつも通り、通常運転だ。

 空気が読めないと言うか、危機感がないと言うか……それにこれ以上大きくなってどうするんだ。

「大人しくしまーす」と可愛らしく声を作って俺の左腕に抱きついたところで、王様が続ける。


「後、多分…………そこの黒髪の方ですよね。僕の背中に刃物を突き立てるのはやめてくれませんか? それと僕の国の兵士に向けてる分も収めて貰えると嬉しいのですけど……」


 彼の台詞を聞いて、左手に抱きつくクレハの腕の力が強まる。ニヤリと彼女の口角が上がった。

 見ると、角度的に王様に向けられる刃物は把握できないが、前線に立つ兵士の股の下から小さく鋭い何かが生えてることが分かる。タケノコかな? 俺もふざけている場合じゃない。

 全然通常運転じゃなかった。クレハはこの場で1番攻撃的な対応をしていたみたいだ。クレハはその気になれば、一瞬で兵士たちを防御系の加護ギフトを持たない兵士を黄泉に送ることができる。


「どうしようかなー。やめても良いけど、というかそもそもやめる必要があるのかな?」

「………………………………」

「ふーん。私分かっちゃった。内容はあなた自身が知ってるよね? 気付かれたって、理解したよね? 敵意を向けるのをやめるのはそっちの方じゃないかなぁ?」


 クレハは曖昧な台詞で王様を煽る。

 俺にはさっぱり理解が及んでいないが、王様の顔には汗が流れ確かに焦りを隠せない。

 そして、諦めた様子で乾いた笑い声を出していた。

 余裕がなくなった顔で、王様はミリアの方を向く。


「ミリアさん。これはどういうことですか? 私はあなたの加護ギフトが欲しかっただけで、戦力を求めたつもりは無かったのですけどね。あなたのお友達は、それこそ【五宝人】に勝るとも劣らない実力をお持ちのようで」

「そっちの思惑なんて知らないわ。それより私は怒っているの。謝るなら今のうちよ」

「……リリさんはどうして僕に武器を向けるのですか? リリさんは確か僕の味方だったはずじゃありませんか?」

「その通りなの。リリは王様の味方。でもこれは話が違うの。アイリちゃんは私の友達だから、友達を助けるのは魔法少女として当然なの!」

「そう…………でしたか」


 王様は声音を暗くして俯いた。

 暫く考えた末、青年は両手を挙げてこちらに微笑みかける。


「降参です。流石に僕もリリさんを相手にすることは出来ません。いや、負けはしないのですけど不毛なことは互いにしたくないでしょう? …………大切なお友達に手をかけようとしてしまって、申し訳ありません。もう彼女には手を出しませんので、皆さんも武器を降ろしてくれませんか?」

「これからも手を出さないように誓いなさい」

「…………誓います。ただし、もしその子が魔王になりそうであれば、その時は話が別ですからね。リリさんも武器を降ろしてもらって良いですか?」

「ふんっ! 仕方ないから降ろしてあげるの!」


 リリは鼻息を強く吹きながらそっぽを向いて許しを与えた。可愛い。

 一時はどうなることかと思ったが、王様はアイリからは手を引いてくれるみたいだ。

 ゴウケンから話を聞くに、実力行使での交渉は意味がないかなと思っていたのだが、案外上手く行ったらしい。

 流石にリリが相手になるのは部が悪いというのもあるだろうし、ミリアが召喚した宝具の数に恐れをなしたのかもしれない。


 2人は武器を降ろしたというのに、俺の左腕に抱きつく少女だけは未だ、加護ギフトを解かない。

 王様はクレハに問いかける。


「黒髪のあなたもお願いします。僕のは解かなくても良いので、せめて兵士のだけでも解いてくれませんか?」

「もう隠す気はないんだね。まあ良いよ。そもそもタケルくんに手を出す気はなさそうだったし」

「ありがとうございます……本当に助かります。今だから言いますけど、実はあなたの行動が1番僕にとって痛手だったのですよね。まさか、人質を……それも何のためらいもなく人質を取れるような人がいるとは思いませんでした」


 ネタばらしと言わんばかりに、手のひらをクレハに見せて王様は苦笑いする。

 ん? 奴はミリアたちの武力に恐れたわけではなかったのか。


「そんなに褒めないでよ。褒めても、あなたを好きになったりはしないよ。私にはもう恋人がいるから」

「褒められてないぞ。それとまだ恋人じゃない」

「タケルくんのいけず……でも『まだ』なんだね。好き〜!」


 唇を尖らせてクレハはキスをねだり、俺は両手を突き出して彼女を何とか引き剥がす。

 空気が読めなすぎる! それと周りにめっちゃ人がいるから恥ずかしいとか感じないのかこの淫乱痴女は!流石に口が悪すぎた。

 とにかく、クレハのおよそ善人と思えない汚い手によって、王様はアイリを諦めてくれたようだ。

 俺は遠くで座り込むゴウケンに目をやると、歯を食いしばり男涙を流していた。

 離れ離れになっても彼女の命を守ろうとしていた彼だが、彼には人に頼ると言うことが欠けていたのだと思う。

 もっと早くに頼りになる仲間を見つけられていたら、アイリはもしかしたら死んだ扱いにならないで済んだのかもしれないと俺は思った。

 アイリへの警戒が解かれた後、向こうに行ってからアイリの加護ギフトについては混乱を招くから話をしないようにと釘を刺され、リリの扉で転移するよう促してきた。


「ささ、皆さんリリさんの魔法で『トウキョウ』に戻りましょう。まずは兵士の皆さんからお願いします。リリさん準備はいいですか?」

「大丈夫なの!」


 最初に『トウキョウ』の兵士たちが扉をくぐっていき、次にゴウケン、アイリ、ミリア、クレハと順に扉に飛び込む。

 俺はクルリと体を反転させ、後ろで見守っていたフクダさんと向き合う。


「本当にありがとうございました! フクダさんがああ言ってなければ、俺はアイリを連れて行かない選択を取っていたかもしれません」

「満足いく結果になったようで何よりだ。私としても嬉しい」


 お礼を言い終わったので、俺も早速『トウキョウ』に向かおう。

 一体この扉の向こうにはどんな世界が広がっているのだろうか。

 もっともらしい台詞を頭に浮かべては見たが、実は少しの時間俺は『トウキョウ』にいたわけで、全然見知らぬ場所というわけじゃないんだけどね。

 中々扉に入らなかった俺を王様は催促してきた。


「さあ、行きましょう」

「もたついてすいません。今行きます」


 俺はそうして大きく開いた赤い扉に足をかけると、真っ白な光に包まれた。


 *


 タケルの転移が終わり、シャーリーと王様と名乗る青年が残される。

 少女は金色の髪を揺らしながら、居心地が悪そうにしていた。

 一時は頭に血が上った彼女だが、目の前の青年は曲がり形にも少女の仲間である。

 青年の価値観を、行動理念を、目的を、少女は知っている。

 そして、それに賛同している彼女は、彼に反抗的な態度を取ってしまったことに少し負い目を感じているのだ。

 青年はそれを見透かしたように、言葉を紡ぐ。


「リリさん、そんなに落ち込まないでください。今回は全面的に僕が悪かったですよ。闇魔法使いは原則殺すべきですが、それであなたが悲しんでしまうのでは、そちらの方が不利益が大きいです」

「ごめんなさいなの……それでもリリはやっぱり我慢はできなかったの」

「だから良いんですって。誰かを思う気持ちというのは、とても大切なことですよ。それよりリリさん。確か異世界の人間をこちらに連れてくるとなった際に、タケルくんを選びましたよね」

「選んだの。だって王様、優しい人を選んでねって言うから。リリに優しくしてくれたのはおにーちゃんだけだったの」

「確かに僕はそう言いました。しかし、それは外れだったようですね」


 青年の言葉にリリは頬を膨らます。


「むー。おにーちゃんは優しいの! だってリリに優しくしてくれたもん!」

「優しいといっても、僕は刺激が少ないといった意味合いでリリさんにい伝えたつもりだったのですよ。しかしリリさん……大当たりを引きましたね」

「大当たり? 外れたり当たったりよく分からないの」

「ええ、大当たりです。向こうの人口を考えて……もしかしたら、人生の運を使い果たしてしまったかもしれませんよ?」


 そうして王様は少女の扉へと踏み込んだ。

 横顔は、期待と興奮に満ちあふれていた。


「…………原初の魔法使いプライマリーウィッチ




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