第97話 アイリの処遇

 翌日、俺たちは役所の前に集合した。

 朝早いわけではないので、誰一人寝坊をすることもなく、寝ぼけている様子の者もいない。

 ミリアの表情を見ると、彼女は少し緊張しているように見えた。

 それもその筈、これから彼女は初めて『トウキョウ』のトップに会うことになっているのだから。また、なぜだかは分からないが、自身を特別な待遇で招き入れようとしている彼らに一抹の不安のようなものも感じているのかもしれない。

 クレハは……いつも通りだな。

 強引に手を握ってくるところが如何にも彼女らしい。あの一件以来、彼女からのアタックが段々と激しくなって来ている気がする。この調子だと、公衆の面前で良い子には見せられないようなことをしでかしそうな気がしてならない。既に彼女の胸は純粋な男児にとって目に毒だというのに、これでは逮捕されても文句は言えないだろう。これは流石にひどすぎた。

 左手がクレハによって塞がれる中、俺の右手はアイリが占領していた。

 彼女の手には力が篭っている。相当にストレスのかかっている状態なのは間違いない。


 ゴウケンに言われた通り、役所の前で待つこと30分。

 そろそろミリアのイライラが最高潮になりそうだといったタイミングで、遠くから背の低い金髪の少女がこちらに走ってくるのを確認した。


 空中に赤い扉を地面と平行に作り出し、階段のようにしてそれを登る。

 そして、大きくジャンプをすると、彼女は俺の胸に飛び込んだ。


「おにーちゃん久しぶりなの、久しぶりなの〜!」

「リリ、久しぶり。と言ってもまだ一週間も離れてないけどな」


 元気一杯の彼女の声で、俺たちの空気が一瞬で和んだ。

 空気が読めない彼女の行動も案外悪くないな。


「一週間でも寂しいものは寂しいものなの! アイリちゃんも…………久しぶり……なの」

「はい。お久しぶりですわ、リリちゃん」

「んんん〜〜ッ!!!!」


 名前を呼ばれリリは赤面し、俺に抱きつき悶えていた。可愛い。

 毎度のことながら、リリの背の高さ的に顔が俺の股間付近に埋まってしまうのは本当に良くないし、それに合わせてクレハは少々過激なツッコミを入れてくるから良くない。

 クレハさん背中にナイフを突き立てないでください。刃物でツッコミ入れるのはリアクション芸人でもありえないっす。


 最近俺の加護ギフトについてみんなも理解が深まって来て、俺への当たりが少々強いんじゃないかなと思っている。

 ミリアに関しては絶対楽しんでる。

 リリとの感動の再会を終えた後、しばらくして、国の南の方が騒がしくなっていることに気付く。


「ついに来たか……」


 多くの兵を引き連れて、軍勢と呼んで遜色ない覇気をまとった力の塊がこちらに向かってくる。

 魔力とかが問題ではない。もっと野生的な、脳が本能的にこいつらは強いと告げている。

 これまで『ミト』『ウツノミヤ』『オオイタ』と各ギルドの兵士たちを俺は見て来ているが、格が違う。

 今この島国の中で、もっとも強い集団が彼らであるのは疑いようのない事実なのだと確信してしまう程だ。


 兵士たちの先頭に、翡翠色の瞳をした青年が立ちこちらへ一歩一歩と進んでくる。

 背の高さは俺と同じくらいで髪はピッチリと整えられた黒色をしていた。

 豪勢なエンブレムのついた紺色の軍服を着た青年はこちらに気付くと、軽く会釈をした。


 あれは……確か俺がこの世界に来て最初に出会った青年だ。やっぱりあの時の人が『トウキョウ』のトップということで間違いないのだろう。


 青年は俺たちの前まで来ると、ハンドサインで兵を後ろに下がらせる。

 そして、ミリアの目を真っ直ぐに見つめた。


「こんにちは。ミリア・ネミディアさん。ミリアさんと呼んでもいいですか?」

「許すわ。あんたの名前は?」

「僕は……そうですね。色々あるのですけど、今は皆さんから『王様』と呼んでもらうことにしています。ミリアさんも、良ければ『王様』と呼んでください」

「何よそれ。まあいいわ。王様、あんたには聞きたいことが沢山あるわ。でも、まず一つだけ教えなさい…………私のママたちは無事なんでしょうね?」


 ミリアがキリリと鋭い眼差しで青年を見ると、青年は直立だった姿勢を崩し、腰を曲げてミリアの手を握る。

 ミリアは突然のことに驚き、すぐに手を払う。構わず王様と名乗る青年は言葉を続けた。


「本当に、すいません! まさか、僕もこんなことになるとは思っていなくて……ご家族の方々には話を通していたのですけど、それで満足してしまった僕の責任は大きいと思っています。ミリアさんの家族は、結構その…………ユニークな方々みたいですね。特にお母様。ミリアさんに引越しの話を伝えていなかったのかと問いただそうとしたら、『あの子には黙ってたのよ。サプライズ引越し』と面白おかしく言うのですよ!? これはこれ以上話してもミリアさんの居場所は分からないなと察しましたよ! どうにかして、また『トウキョウ』に戻って来ることができたようで本当に安心してます」

「は、はあ…………」


 怒涛の早口で青年はミリアに迫る。

 ミリアは若干どころではなく相当引き気味だ。

 また、俺は動揺していた。ゴウケンの話から、勝手に俺は王様はもっと怖いような人間だと思っていた。しかし、外見ではあんなでも、中身は違うということは良くある。俺は未だに彼に対し警戒を解かずにいた。


「あんたが相当私を探していたことと、ママたちが無事ってことは分かったわ。ママは昔からそういうところがあるのよ。面白いこと優先というかね。こっちこそ、ママたちが迷惑かけちゃったようでごめんなさい」

「いえいえ、お母様が来てくれて上層部は活気付きましたから、迷惑ばかりじゃなかったですよ。兵士たちも、食べる娯楽が増えたと満足そうですし」


 王様はミリアに微笑みかけると、彼女はこっぱずかしそうに鼻の下をこする。


「ママの作るアップルパイは世界一なんだからねっ、それぐらい当然といえば当然ね! 私も久し振りに食べたくなってきたわ!」

「それは良かったです! これから『トウキョウ』までリリさんの魔法で飛ぶので、感動の再会はその後にしましょう。ミリアさんこれからもよろしくお願いしますね」


 青年は最後に爽やかな笑顔を向けてミリアの前から立ち去る。

 す、すごい……完全にミリアを手懐けてる。

 初対面でミリアのここまできちんと話が出来る人は珍しいかもしれない。コミュニケーション能力高い。

 王様は次に俺の前にやって来た。


「ええっと、オオワダタケルくんで合ってますか? 確か、間違ってこちらの世界に連れてきてしまった男の子でしたよね?」

「合ってます。あの時は、俺も色々勘違いしておかしなこと言っていたから、印象に残ってるんですかね」

「そうですね、それもありますし、タケルくん……この呼び方で大丈夫でしたか?」

「いいですよ。俺もあなたのことは王様って呼びます」

「ありがとうございます。それじゃあ続きを……タケルくんは不思議な加護ギフトを持っていたじゃないですか。だから特に印象深かったのですよね。それより……まさかタケルくんがミリアさんと共に行動していたとは驚きです。何か運命のようなものを感じますね。タケルくんも『トウキョウ』に来るということで良いのですか?」

「そのつもりです。魔法が使えない人間は行ってはならないとかあるんですか?」

「いえいえ! ただちょっと不便で生活しづらいのかとは思います。了解です。ミリアさんと一緒にご招待しましょう」


 王様は何やら上機嫌に後ろでを組みながら、俺の元を離れていく。

 そして、『ウツノミヤ』の長であるフクダさんにも一言挨拶をすると、王様はリリに転移用の扉を出してもらうように言った。

 リリは大きな銀の鍵で地面をドンッと叩くと、宙に大きな赤い扉が出現した。


「さあ、ミリアさん行きましょうか。タケルさんと……後の御二方も招待するということで大丈夫ですか?」


 青年はクレハとアイリを指してそう言った。


「その通りよ。この子たちは私の大切な仲間だもの」

「そうだ、その前に王様。最後に確認いいですか?」

「どうしましたか? 不安なことでもありますか?」


 王様は、とぼけるように首を傾げ俺に微笑みかけた。

 俺は後ろのアイリを親指で指す。

 同時に『トウキョウ』の兵士の列の横で座り込んでいた巨人、ゴウケンの目が見開かれた。彼にはこれから起こることを謝らなければならないな。

 俺は深呼吸し、意を決して口を開いた。


「この子は闇魔法持ちだが、それでも『トウキョウ』に行っていいのか?」


 不意に嵐が巻き起こる。

 先ほどまでそこにいたはずの青年の姿は既にいなく、風の魔法をまとったまま高速で俺の隣にいたアイリまで駆ける。

 変わらない表情が不気味だ。俺は集中力を極限まで高めた。


 コマ送りになる世界の中で、青年は右手をアイリの首へと伸ばしてくる。

 俺はその手をかぶせるようにして、握り、そのまま全力で握りつぶす。


 そして、スローモーションが終わると、アイリの鼻の先で王様の右腕がクシャリと弾けた。

 アイリは目をキョトンとさせている。何が起きたのか分かっていない様子だ。

 骨と肉がミンチ状になり、周囲に生臭い鉄の匂いを撒き散らす。

 しかし、嫌な匂いが鼻についたと思ったのは一瞬で、瞬きをした次の瞬間には、王様は俺から距離をとった場所で、平然と佇んでいた。


 右腕が再生している。

 やはりゴウケンの言う通り、あいつは不死なりなんなりの無敵の加護を持っているみたいだ。再生速度はこれまで見てきたどの回復魔法の比ではなく、まるで全てがなかったかのように元どおりになっている。幻惑系の類かもしれない。


 俺が彼の加護ギフトについて考察していると、緊張感がない怒っているのかふざけているのか微妙な声音で彼は話し始めた。


「ちょっと! タケルくん! 痛いですよ! 何するんですか!」

「何するって、お前こそ今何をしようとした。この子の首に手を伸ばしたのを俺はしっかり見ていたぞ」

「何って……危険因子の排除ですよ。タケルくんは知らないかもしれませんが、こっちの世界ではそうなってるんです」

「危険因子? この子がどうして危険だって言える?」

「闇魔法を持っているからですよ。代々闇魔法は人の心を狂わせ、災いを起こすんです」

「俺には理解できない……」


 俺が彼の言葉を否定するのと同時に、右方から強烈な爆発音と鋭い光が発せられ、俺の言葉を遮る。

 俺はこの光を知っている。これは……


「アイリちゃんを殺す……? 巫山戯るんじゃないわよ!」

「リリもこればっかりは見過ごせないの」


 恐ろしいほどのエネルギーが迸る彼女たちは。比喩でもなんでもなく今にもピリピリと防御の障壁を張り巡らせ、青年の前に立ちはだかった。

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