第89話 俺と戦おう

 腕を吹き飛ばされた『アンノウン』の女の首元に、俺はすぐさま手刀を入れ、意識を断つ。

 その後、意識を失った彼女を殺そうとするクレハを牽制し、俺は呆然と立ち尽くす。


 俺は自分の自分のした一瞬の出来事を思い出すことが出来なかった。


 俺は……俺は今何をした?

 アイリを助けなければと強く念じ、そして足を踏み出そうとした時には既に……敵の腕は無くなっていた。

 正確には敵の持つ拳銃に向けて俺の足は攻撃を繰り出していた、のだと思う。

 思い出せないのではなく、一瞬の出来事であったため記憶が飛んでいるのか?

 以前アラクネに対し最後の一撃を放った際、俺は瞬間移動じみた速度を出したことがある。

 あのとき、俺は自分でその攻撃を出すことを分かっていたから自分の動きを把握できていたけど、相手からしたらまさに何をされたか分からないうちに絶命していたと言ったところだったのかもしれない。

 今回のはそれに近い。

 俺は自分で何をするつもりだったのかを理解できないまま、攻撃を繰り出していたため、何をしたのか思い出せないんだ。

 だとすれば……反射の様に、脳から命令が降る前に俺の体は動いていたということか?


 では何に対し、反射的に行動を起こしたんだ?

 アイリが死にそうだったから? つまりは仲間の死の予感?

 これは違うはずだ。

 これまでも俺の仲間たちが危機的状況に陥ったことは何度かあるが、この様なことはなかった。

 だとすれば、他に考えられるのは…………敵の持っていた拳銃?

 それもないだろう。

 確かに拳銃なんてものはこの世にないほうがいいと思っているし、あってはならないとは思うがそれとこれとは話が……ちょっと待て。


 俺はなんでここまで銃を毛嫌いしている?


 今まで銃なんてテレビドラマで見たことがある程度の知識で、身内がそれで殺されたことなんてないし、世界平和を願っているとかそんな思想を持っているわけでもない。

 この気持ちはなんだ?

 自分で自分の気持ちの出所が分からない。

 それはまるで俺じゃない誰かに俺の心が操られている様な…………俺はそこでシャーリーの草原でリリが言っていた言葉を思い出す。


『おにーちゃんはおにーちゃんなんだけど、おにーちゃんじゃない。リリが見てるのは絶対おにーちゃんなはずなのに、それよりもっと大きな存在を感じたの』


 あの時俺は彼女の言葉を茶化して真面目に取り合っていなかった。

 でも、彼女が感じたそれは正しかったのかもしれないと、今になってみれば思える。

 俺は、おそらく、俺ではない何かによって体を支配されている可能性がある。

 そして俺を縛る何者かは、拳銃に嫌悪感を抱いていて、俺にそれを破壊する様に命じている……ということか?


 なんだそに設定は。

 妄想も大概にしろ。

 お前はもう中学2年は余裕で終えてる年頃だろ!

 しかし…………そう考えなければ俺は自分の今の行動を説明出来なかった。


 もう少しで俺の【世界の加護ギフト】の謎が解き明かせそうだというのに、その少しがままならない。

 このまま放っておくのはもどかしいが、今はそれ以上に無視していてはならないものがある。


「アイリ、大丈夫か!? 」


 俺はそう言って、腸が外に露出したまま倒れる彼女に寄り添い意識の確認をする。


「私は大丈夫ですわ。痛覚は遮断してます……し」

「意識が朦朧としてるじゃないか! クソッ……出血が多い!」

「タケルくんどいて」


 俺がアイリの手当てをどうしようかと慌てふためいているのを他所に、クレハは俺から彼女を奪い取ると、エプロンのポケットから緑色の魔法石を取り出した。


「さっき殺した奴が持ってたの。多分、私の魔力があれば傷口を塞ぐぐらいは出来るはず」


 クレハは地面に触れると自身の加護で金属の箸を作り出し、それで飛び出た臓器を体の中に戻す。

 そして宣言通り、【治癒】の魔法石を使い、緑色の光を彼女の腹部へ照射した。

 光を照射するとすぐに魔法が効き始めたのか、アイリの顔色が段々と良くなり、完全に傷口が塞がったところで彼女は安心しきった様子でスッと意識を落とした。

 可愛らしく寝息を立てている。

 アイリはもう大丈夫だ。


 それを確認したところで、クレハは立ち上がり、俺に背を向ける。


「アイリちゃんをよろしくね。それじゃ、私は行くから」

「待て! どこに行くつもりだ?」

「どこ……だろうね? 分かんないや。また自分を偽って新しい恋でも探すかも。さよならタケルくん。心の底から愛してたよ」


 クレハは俺の静止を無視し、寧ろ歩幅を大きくしながらそう言った。

 止まる気は毛頭ない様子。

 かといって、俺も引き下がる気は微塵もない。


 俺は彼女の背中を追い、手を取った。

 彼女はゆっくり振り返り、鋭い視線で俺を貫く。


「何? 私は止まらないよ。もしかしてこんな私でも愛してくれたりするのかな?」

「そんなわけないだろ。大量殺人犯だってこと知ってドン引きしてる」

「だったらタケルくんに用はないよ。離して」


 踵を鳴らすとクレハの足元から一本の剣が飛び出し、俺の腕を斬りつける。

 しかし、この程度では俺が傷つくことはありえない。


「離すわけないだろ。お前は人殺しをしたけじめをつける必要がある。それと、自分の恋愛を諦める必要はない」

「言ってることが矛盾してる」

「矛盾なんてしてない。俺は今のクレハ好きになんてなれないだけだ。これからどうにだってやり直せる」

「それは嘘。タケルくんはもう私の本当の姿を見てしまった。心のどこかで私の狂気の行動を恐れているはずだよ。そしてそんな女の子を好きになんてなれない。もう挽回なんて出来るわけない」

「俺が言ってるのはそっちじゃない。人殺しをして、けじめをつけないそんな卑怯者は好きになれないと言っている!」


 腕を握る手を強め俺は強く彼女を叱責する。

 しかし、彼女は全く驚くこともなく淡々と冷ややかな視線を俺に向ける。


「お前が『アンノウン』を殺すのには筋の通った理由がある。ただやり方がよくなかった。『アンノウン』の壊滅は、誰かに……それこそ罪を罪と認める大きな組織、国やギルドに協力を持ちかけても良かったほどの案件のはずだ。それが出来なかった今、ちゃんと然るべき場所で裁かれなければならない。俺も同様だ。人一人の腕を消しとばしてる」


 手を離し彼女を突き放す。

 離したそばからクレハは街を出ようと歩き始めてしまう。


「それと、クレハは自分を繕って男受けの良さそうな可愛らしいか弱い女の子を演じてたみたいだけど、それもおかしな話だ。強いとか弱いとか、俺にとってそんなの恋愛に関係ない。本当に好きになったのなら、相手が弱ければ守ってあげたいと思うだろうし、強ければ頼りになると感じるはずだ。それでも不安なら言ってやる……お前は変わらず俺に守られる弱い人間のままだ」


 俺のその言葉に反応し、クレハは足を止め、振り返る。

 そして俺は彼女に右拳を突き出してこう言い放つのだ。


「クレハ、俺と戦おう」

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