第68話 暴かれしトゥルース

 白い花が咲き誇る広い空間。

 幻想的な景色と対比して浮き彫りになる、和風な茶色の丸い机が置かれている。

 俺とリリはその机を挟んで座り共に5枚のカードを手に握っていた。


「フルハウスなの!」


 元気一杯に自分の手札を公開する。

 彼女の手札は赤いカードの『5』が2枚にハートと黒色の『K』3枚。

 シャーリーが揃えた役、フルハウスはポーカーにおいてかなり強い役だ。

 しかし俺は自分の手札をちらりと見ると、ニヤリと笑った。


「さて俺の手札はどうかな? シャーリー、今回のゲームで『3』が出てきたか覚えてる?」

「『3』……? そういえば出てきてないの……もしかして…………?」

「シャーリーが何を考えてるのかは分からないけど、想像通りの役かもしれないよ? 俺は途中からカード交換1枚だけだったよね?」

「そうだったの……フォーカードだったらリリの手札より強いし……むむむ、迷うの」


 リリは仕切りにああでもないこうでもないと思考を繰り返す。

 迷う彼女のちょこまかとしたその姿は実に愛らしく自然と俺の広角は上がりっぱなしだった。

 結論が出たのか、リリはシロツメグサの白い花を3つ、自室から持って来たというちゃぶ台の上に置いた。


「勝負、なの!」


 俺は彼女が勝負に出たところで含みのある笑みを浮かべ、相手の不安を煽る。

 しかし、彼女の決意は揺らぐことなく、力強い眼差しで俺を圧倒した。

 少しは騙されてくれるかと思ったが、上手くはいかなかったらしい。

 俺は諦めて自分の手札を公開する。


「……俺の手札はブタさんだ。シャーリー、トランプ強くなったね」

「あはははは!!!! 豚さん! 豚さんなのー!」


 シャーリーは過剰表現気味に大笑い。


 俺は最初から『2』から『6』のハートのストレートフラッシュ狙い。

 途中からずっとハートの『5』を待って一枚交換していたんだけど、まさか向かいの手札にあったとは、どうりで揃わないわけだ。

 俺は自分の手札を交換して行く間に『3』のカードを自分で三枚捨てていたこともあり、ああいったブラフをかけることができたんだけど、騙されてくれなかったみたいだ。


 彼女はひとしきり笑うとちゃぶ台を飛び越えて俺の胸に飛び込んだ。

 幸せそうなシャーリーを見ていると無性に頭を撫でたくなる。

 そうして俺が彼女の金色の髪の毛に手を乗せると彼女の幸せ度合いが3割り増し。そんな風に感じた。


 彼女の幸福度に反比例して周りを取り囲む手足が長く伸びた人型のウサギっぽい生物の不快指数が上がっていく。

 怖い、怖い、怖い!!

 なんか距離を詰められてるんですけど! というかこの生物何なんだよ!?

 モンスター? モンスターなの!? いや、もう確実にモンスターだよね!?


 俺は内心この人型ウサギにビビっているわけだけど、それ以外にも俺たちを取り囲むモンスターが多数存在する。


 グリフォン? といえばいいのか馬のような脚が4本あり、上半身は翼の生えた生き物。

 リリが手札交換をしようとするたびに「ああ〜そっちにするんだねリリ」と茶々入れてくる喋るシマシマ模様の猫。

 何も話すことなく俺たちを取り囲む腰ほどまでの大きさのネズミ。喋らないのは特徴でもなんでもなかった。猫のせいで感覚が麻痺している。

 そして、見上げなければその頭を目視することがかなわないほど大きな、赤色の鱗に包まれ凛々しい瞳を持つかの有名な生物……ドラゴン。


 何故こんなことになったのか分からないが、もしかすると俺は数多のモンスターに囲まれて絶体絶命のピンチなのかもしれない。


「シャーリー? トランプはここら辺で終わりにして、聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「もう終わりなの!? でもまだまだ時間はあるし一旦お話なの。何が聞きたいの?」

「まず、この周りにいるモンスター? たちは一体何者?」

「この子達はリリのお友達なの! みんな優しくて良い子達だよ?」

「そ、そうなのか」


 俺はそう言って周りを見渡す。

 人型ウサギは明らかに敵意むき出し感あるけど、確かに他のモンスター達からは敵意を感じない。

 ドラゴンに関しては敵意というより敬意を感じるほどだ。

 なんで俺に頭を下げてるんだよ。俺はお前らの長か何かか?


「ええっと……ここはリリの夢の中だったりする? 俺、こんなにユニークなモンスター達を見たことないんだけど」

「おにーちゃん何言ってるの? ここはちゃんと現実なの。西の大陸の一番端っこ。あ、西の方なの。今じゃ誰も住んでない立ち入り禁止の場所なの」

「ん? 西の大陸の最西端?」


 俺は頭の中に世界地図を展開させる。

 俺がさっきまでいたのは『オオイタ』つまり元の世界で言うところの大分県で、日本列島の端だ。

 日本から見て西の大陸といえば中国の方、つまりユーラシア大陸。

 その最西端はヨーロッパだから、ここはヨーロッパのあたりなんだな。

 魔法少女リリは扉を使った召喚魔法を使うことで転移ができると聞いていたけど、まさか日本からヨーロッパまでひとっ飛びできるとは。

 栃木から大分まで転移したのでも驚いたのに、ここまで長い跳躍だと距離感覚もう分かんないな。

 はじめてのヨーロッパ旅行を異世界で過ごす、ふむふむ……あれ?


「ヨーロッパ……この土地は立ち入り禁止なのか?」

「そうなの。『魔王』が生まれた土地だから穢れてるーとかの理由で一時期人間が住んでなかったらモンスターが繁殖しちゃってもう誰も近づけなくなっちゃったらしいの。王様が教えてくれたんだよ? でもリリは興味があったし、モンスターに負けるはずもないから一人で旅行してみたの。そしたら結構みんな良い子達ばっかりでびっくりだったの」


 さも当たり前のように話す彼女の言葉の中には俺の知らない異世界の知識が詰まっていた。


 まず……『魔王』という言葉だ。

 たしかミリアがかなり前に話していた気がする。アイリの加護ギフト支配ドミネイト】 は『魔王因子』とか言われててそれは過去に現れた『魔王』の残り香のようなものだと。

 その『魔王』はヨーロッパで生まれたというのか。


 ……そういえば今まで俺がいた土地は日本なはずで、それにしてはミリアやらシャーリーやら外国名の名前の人が多いと疑問を持っていた。

 この『魔王』がヨーロッパで生まれたという情報はその疑問への回答になっているのかもしれない。

 魔王から逃げて来たヨーロッパの住民が各地に散らばり、その一部が日本列島にも上陸しているという感じだ。


「そうだったんだね。『魔王』ってどんな人だったのか分かる?」

「うーん……それは分からないの……でも昔話で『魔王』が出てくる話をリリ知ってるの! ええっと……むかしむかしあるとことに……」

「ちょっと待って! 沢山のおじいさんとおばあさんを犠牲にするのはやめるんだ! 『げんしょのまほうつかい』だよね?」


 その話は前にミリアに聞かせてもらったことがある。

 いろんな童話が混ざり合って、魔王におじいさん達が殺されてしまうツッコミどころの多い物語だ。

 たしか最後には原初の魔法使いが光の魔法的なやつで魔王を追っ払ったんだと記憶している。

 シャーリーの話を途中で切ってしまったため、彼女は不機嫌になると思いきやその様子はない。

 むしろ、尊敬の目を俺に向けてくる。


「やっぱりおにーちゃんは物知りなの。やっぱりおにーちゃんは知識の神様なの?」

「ん…………? 何言ってるんだよ、シャーリー。面白いこと言うな。……いや待って」


 突然何を言い出すのかと思えば、理解に苦しむことを言い出すシャーリー。

 俺が神様だって? いや、彼女は俺を自分のお気に入りの場所に連れてきたと言っていた。

 つまり俺は今この場でお客様で、お客様は神様ってことか。

 随分遠回りな言い方をするなぁ、俺じゃなかったらツッコミきれてなかったぞ。

 これもいつもツッコミどころの多い連中(アイリ以外)と旅をした賜物かもしれない。


「そうだった俺は神様だった。今はシャーリーのお客様だ」

「む……違うの! 真面目に言ってるのに! でもおかしいの。じゃあ何の神様? そういえばおにーちゃんの付けてるその指輪、すっごい【炎】の魔力を感じるの」

「何を言って……」

「そっか! おにーちゃんは炎の神様なの! クトゥグア様? きっとそうなの。じゃあこの間『ウツノミヤ』近くの森が焼かれたのはおにーちゃんの仕業だったの?」

「いや……それはそうなんだけど……俺は神様でもなんでもない、ただの異世界人だよ?」

「それは違うの」


 彼女の瞳には謎の説得力があった。

 子供由来の嘘のないまっすぐな瞳。

 全てを見透かされるような眼差し。

 彼女は俺以上に俺のことを知っている。


 俺も心のどこかでおかしいとは思っていた。


 何故、【世界の加護ギフト】なんていう超能力を持っているのか。

 何故、俺は元の世界で森の中の一軒家に、今思えば隔離されていたのか。


 能力は異世界に飛ばされた時に神様にもらったものだとか勝手に納得してはみたけどもそんなのありえない。

 そんな人情味溢れる神様なんているわけがないだろ。

 異世界転生モノの読みすぎだ。

 だからこそ、俺は俺と言う存在が一体何なのかについて考えるのを無意識にやめていたんだと思う。


「だっておにーちゃんは人間じゃないもん」


 俺に抱かれながら上目遣いで放った彼女の言葉は俺の中に抵抗なく入り込んだ。

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