第66話 私のお気に入り

 俺が中学2年の頃の話だ。


 俺は中学生として他にもれず平凡な日常を送っていたと思う。

 学校の成績は悪くはないが良くもない。

 友達もいないかと言われればいないわけでもなく、それなりに気の合う友達が何人かいた。

 部活動にも所属していて、先輩や後輩も勿論いた。

 一般的な中学生と言って差し支えないだろう。


 そんな普通だった俺が、普通の中学生が体験しないようなことをしたのだからこのことは中々忘れようにも忘れられない。


 ある日、森の中幼女に出会った。


 くまさんが出てくる民謡のリズムで言ってくれても構わない。

 とにかく、俺は地面に倒れる、平凡な日常からは大きくかけ離れた容姿の幼女に出会った。


 少し癖のある金色の長い髪に、整った顔立ち。

 背丈は低く当時の俺のお腹ぐらいで、体つきは痩せていないが太ってはいない感じ。

 上から下まで水色の洋服に何故か純白のエプロンをしていて、首には緑色の宝石のついたネックレスのようなものを身につけていた。

 全体的に夢の国(諸事情により隠喩)制作の映画の中に登場するアリスに似ているなというのが第一印象だった。


 彼女との最初の会話は「ど、どうかしましたか?」

 年下だとわかっているのに丁寧語で話しかける俺の小心者さが露見してしまった。そんなのはどうでもいい。

 彼女はそれに対して「道に迷ったの……」とか細い声で返して来たのは覚えている。


 そこから先の会話はたわいも無いもので良く覚えていないが、疲弊した幼女を一旦家に連れて帰り、お菓子とジュースを与えると、テレビが気になったらしく一緒に撮りためていたアニメを見たり、トランプで遊んだりした。

 遊び疲れて、ついには彼女は眠り出してしまう。

 スヤスヤ眠る、愛くるしい寝顔を眺めて母性……この場合は父性って言うのだろうか、そんなのを幼いながらに感じていたんだと思う。

 自然と彼女の頭を俺は撫でていて、途中からシャーリーが起きていたことに気づいて恥ずかしい思いをしたのは今でも覚えている。

 その後、彼女は自分の目的を思い出したのか、急に森を出たいと言い出して、そのまま森の外まで返したんだっけ。


 *


 そして、その不思議な1日の体験で出会った幼い女の子が今目の前にいるということになる。

 シャーリーは俺の耳元から顔を引くと、俺の胸に抱きついた。


「おにーちゃん探したの……せっかくこっちの世界に連れて来たのに、王様は田舎におにーちゃんを連れて行っちゃうし、本当に心配したの!!!!」

「ごめんごめん、もう泣くな…………ってこっちの世界に連れてきた? それはどういうことなの?」


 俺が疑問を投げるとシャーリーはとぼけた顔をして首を傾げる。

 彼女の言っていることが正しいとなると……俺は悪い予感を感じつつ彼女の言葉を待つ。


「言葉の通りなの。リリがおにーちゃんを向こうの世界からこっちに召喚したんだよ? 挨拶する前に寝ちゃったから挨拶できなかったけど、王様達とお話ししたお部屋にリリもいたの」


 嫌な予感は当たるものだな!!?

 にわかには信じがたいが、目の前にいる幼女はミリアやフクダさんの話の中で上がっていた魔法少女を語るトウキョウ最強の刺客、魔法少女リリだった。


 いや、いや、いや……そういう最強の敵は最後に出てくるもんじゃ無いのか!?

 最後っていうのはミリアが『トウキョウ』に戦いを挑むその時で、今みたいな息抜き旅行で出てきていいようなキャラじゃ無いだろ!!!!

 もう少しミリアの打倒『トウキョウ』物語を面白くするために展開を読んで登場して欲しかったよ!?

 って、なんの話をしてるんだ俺は!


 整理すべき情報が多すぎて俺の頭がパンクしている。

 モノローグを誰かに渡したいところだがそうは言ってられない。

 俺は一度深呼吸し、状況の整理を始めた。


 まず、この娘の名前は俺の知っているシャーリー。

 でもこの世界ではリリと名乗っている。

 だから、この世界で恐れられているリリと俺が中学の頃に出会ったシャーリーは同一人物。

 そして、リリはこちらの世界では強大な力を持つ人間として知られている。

『ウツノミヤ』の長であるフクダさん曰く「ただの暴力」で今さっきミリアを下したほどの実力がある。

 そんな最強の魔法少女が今俺の胸に顔を埋めて、甘えてきているんだ。

 …………やっぱりよく分からないな。


「えっと……シャーリー。こっちではリリって呼んだ方がいい?」

「リリって呼んで欲しいの。それは真名だから。真名を知られることは弱点を知られることに等しいってリリお勉強したの」

「…………アニメとかゲームの影響を受けすぎてるね。まあ、それがいいならそうするか。リリ、ちょっと今の状況を説明してくれる?」

「今の状況? 何のなの?」

「あそこに倒れてる女の人とか、ボロボロになった道やお店とか」


 俺が彼女にそう言うと、彼女はクルクルと頭を回し周囲の荒れようを確認する。

 そこで彼女はやってしまったと苦虫を潰したような表情を浮かべ……ない。

 依然として何か悪いことをしてしまったと思っていない様子で続ける。


「あの女の人なら、危ないからリリが倒したの! 道がボロボロになったのはあの女の人のせいで、リリは悪く無いの」

「やっぱりリリが倒したのか…………」


 俺はリリの言葉を聞いて、ミリアが本当に彼女によって倒されたのだと再確認する。

 最強の魔法使いの名は伊達じゃ無いってことか。

 ふと思ったのだが、俺やクレハたちがミリアの仲間であることがバレたら結構まずいんじゃ無いか?

 今までの言動から、彼女は俺に対して危害を加えるようには思えない。


 しかし、クレハとアイリは別だ。


 彼女たちの処遇については、あまり良い想像ができないと言うのが正直なところ。

 だとすればここは俺たちとミリアの関係がバレないようにしなければならない。

 そのことをクレハとアイリに伝えたいが、近くにリリがいるためそれはできない。

 クレハはあまり頭の回る方ではないと思うし、今ミリアとの関係を知られてしまうことの危険性について分かっていない可能性が高い。

 しかし、ミリアなら……あいつはバカだが頭は良く切れる。

 きっと今すべきことが分かっているはずだ。

 だから俺が今取るべき行動は……


「リリ、まずは周りの人たちに謝ろう。あの女の人が悪いのかもしれないけど、リリも少しは街を壊しちゃったんだろ?」

「それは…………でもリリは悪くないの!」

「…………本当に?」

「……………………ごめんなさい、なの。リリ嘘ついちゃった。本当は街を壊したの全部リリなの!」


 そう言ってリリは再び俺の胸に抱きつく。

 後ろからの視線が痛いほど突き刺さる。クレハさん幼女敵対心燃やさないでくれ。

 とにかく、今はリリの兄でいることで、会話の主導権をにぎることに集中するんだ。

 俺はリリの頭を優しく撫でて続ける。


「リリ、嘘つくのは良くないよ。でも……ちゃんと言えたのは偉いと思う。しなくちゃいけないことは分かる?」

「みんなに、ごめんなさい……なの」

「分かってるじゃないか! よし、俺も一緒に謝ってあげるからリリもちゃんと謝ろう?」

「う、うん! リリ、ちゃんと謝るの!」


 そうしてリリと共に広い道を少し歩くと、お店の看板が壊れてしまったお店の前まで歩き出す。

 途中俺たちの後をクレハたちが追いかけようとしたが、それを俺は腕で制した。

 お店のおばさんは先ほどの戦い……まあ、俺は見てないんだけどそれを見ていたらしく、目の前の自分の孫ぐらいの年齢の少女に対して怯えていた。

 おばさんの表情を見てリリも不安を感じたのか、こちらを何度も見てくる。

 俺はそれに対して笑顔で答えると、リリの瞳に光が戻り、おばさんの方を向いて深々と頭を下げた。


「ごめんなさい……なの!」

「ご迷惑かけてしまい、すいませんでした」


 俺も彼女に合わせて頭を下げる。

 二、三秒頭を下げて、顔を上げるとおばさんは先ほどのような恐怖を感じる顔つきではなくなっていた。

 そのことにリリは嬉しくなったのか、俺の服の袖を掴むと目を光らせてブンブンとそれを振った。可愛い。


「次は、さっき倒しちゃった女の人にも謝ろう?」

「……それはダメなの。あの人は悪い人だから」

「悪い人になら何をしてもいいの? 違うでしょ?」

「ううう……分かったの……」


 リリは嫌そうな顔をしながらも、ゆっくりとミリアの方へ歩き出す。

 よし。上手く事が進んでいる。

 狙った通り、自然な流れで、俺がミリアの知り合いであることを伏せた上で、ミリアに接触する事が出来る。

 俺の態度からミリアはするべき事を察してくれるはずだ。


「剣のおねーちゃん……リリもちょっとやりすぎちゃったの。ごめんなさい」

「俺の方からも謝ります。申し訳ありません」


 俺が顔を上げると、ミリアは不思議そうに俺を見てくる。

 しかし、すぐにいつもの調子に戻ったミリアは悪態をつきながら言葉を返す。


「本当に迷惑しちゃうわ! 私はただ観光にしにきただけなのに!」

「本当に申し訳ありません」

「さっさとどっかに行ってちょうだい。怪我によく効く温泉とかないかしらね」


 そう言ってミリアは俺とリリを追い払う。

 どうやらミリアは俺がしようとしている事に気付いていくれたらしい。


「リリ、久しぶりに会った事だし、どこか二人っきりでお話をしないか? カフェとかあるかなぁ」

「うん! リリもおにーちゃんとお話ししたいの! ……そうだ! おにーちゃんにはリリのお気に入りに連れてって上げるの!」


 するとリリは自身の加護で空中に赤い扉を作り出すとそれにノックをし、扉を開く。


 そして俺の手を引くと一緒に扉の中へとジャンプした。


 扉をくぐり抜けた先は先ほどの『オオイタ』のような街並みではなく、というか建物が1つも無い場所だった。

 辺りには白い花を咲かせるシロツメグサで埋め尽くされていて、現実離れしたその光景に俺は思わず息を呑む。

 俺をこの場所に転移させた幼女は両手をめいいっぱい広げ笑う。


「ようこそなの! 私のお気に入りシャーリーのお庭へ!」

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