第17話 パパ降臨

 差し伸べられる手を掴み俺は起き上がる。

 アイリの手は小さく、どうにも上手く握りが噛み合わない。

 ぷにぷにとした手の感触に、こんな少し突けば壊れてしまいそうな幼女に負けたんだという実感がわいてくる。

 俺が立ち上がると、ミリアとクレハが駆け寄ってくる。


「アイリちゃん、今のどうやったの? 怪我はない? お姉さんが治してあげるわ!」

「いや、倒されたの俺だし、怪我してるとしたら俺なんだけど」

「あんたは怪我しないでしょ? うおおおおおお! アイリちゃんつよ可愛い!」


 ミリアは俺をアイリから引き離し彼女を抱きしめる。アイリは露骨に嫌な顔をしているわけではないが、中々に渋い顔をしていた。ミリアさん幼女溺愛しすぎだろ。

 そういや、手合わせの前に、アイリのこと可愛いとか小声で言ってたし一目惚れでもしたのか?

 クレハは反対に俺の手をとる。


「タケルくん大丈夫!? 怪我してない? お姉さんに好きなことして良いよ?」

「いや、怪我してないし、どさくさに紛れてセクハラされても困るんだけど」

「もう……タケルくんのいけず」


 クレハは口を尖らせ不満を露わにする。クレハさん俺を溺愛しすぎだろ。悪い気はしないけど、限度はある。

 茶番は置いておいて、ミリアが本題に切り込んだ。


「冗談はさておき、アイリちゃん? 今のは本当にどうやったのかしら?」

「あれはわたくしの加護ですわ! 【感覚操作センスコントロール】と呼ばれる人の感覚を操作する力ですのよ!」


 そう言ってアイリは胸を張り、張りのいい声で答えた。アイリのギフトネームを三人は復唱する。


「先程起きたことを説明すると、まずは私自身の平衡感覚や痛覚などの感覚を聴覚に集めて強化しましたの。そしてタケル先生の呼吸のタイミングを図って攻撃に入ったのですわ!」

「平衡感覚を聴覚に? もしかして、最初ゆらゆら揺れてたのはそのせいなのか?」

「ご名答ですわ! 流石タケル先生ですの!」

「そ、そうかぁ? それ程でも……」

「タケルくん鼻の下伸びてるよ?」


 クレハは俺の左手を強めの圧で握ってくる。痛い! 痛い!俺は怪我はしないけどしっかり痛いんだからな!幼女に嫉妬しないでくれ!


「そして指がタケル先生に触れてからですが、今度は先生のいろんな感覚を一気に視覚に持って行きましたの! きっと先生はあの時視界が一気にぼやけてしまったと思いますわ」

「その通りだよ。全くピントが合わなかった」


 アイリの説明を聞いて、先ほど起きたことの全貌が明らかになった。

 アイリは俺に触れた瞬間、あらゆる感覚を視覚に持っていったと言っていた。それはつまり、触覚、平衡感覚、それに痛覚も失われていたことを意味しているのだと思う。だからこそ俺は、アイリに手を掴まれたままだったこと、手段は分からないが俺の体を倒したこと、倒された拍子で頭を打ち痛みが発生したこと、これら全てを認識できなかった。


 俺は最近自分の加護が分かって、鉄壁の守りを手に入れた。体術は元から得意だからこの世界で一気に強い戦士になっただとか自惚れてたけど、この世界には触れたらその時点で負け、とかそんな相手もいる。

 ミリアは目の前の幼女に飛びついた。


「アイリちゃん流石ね! 流石私が見込んだ子よ!」

「ミ、ミリアさん暑いですわ!」


 必死でミリアの抱擁から抜け出そうとするが、アイリの筋力ではそれがままならない。いい加減アイリが可哀想なので、腕を抑えミリアを引き離す。不満げな顔すんな。キレやすい若者かお前は。


「カラクリは分かったけど、アイリはそんな能力を使いこなせてるんだ。俺からも流石と言いたいよ。本当に俺なんかより強かったんだな」

「あ、ありがとうですわ! で、でも…………」


 途端にアイリの顔が暗くなる。

 いつも明るい笑顔でお嬢様のように振る舞うその姿はそこにはない。全てを諦めてしまった様な目だ。


「私はちっとも強くありませんわ。もっと強くならないと、もっと強く…………そうしたらお父様だって……」


 アイリはボソボソと聞き取りづらい声で呟く。彼女は捨て子だと言っていた。きっと彼女しか分からない暗い過去を胸に秘めているんだろう。いつかアイリが両親の元に帰れるまで、俺が彼女の支えになってあげるんだ。

 雰囲気が悪くなったのに負けてミリアが口を開く。


「そういえば! アイリちゃんのステータスを見せてもらってもいいかしら? これから一緒に旅に出るんだし、私のも見せてあげるわ!」

「は、はい。いいですわよ!」


 そう言ってアイリは少し怖そうに目をつぶった。

 その仕草の愛らしさにミリアが目の奥にハートを輝かせたので、俺は彼女を自制させた。ミリアが惚れすぎてて話が進まない。


 気を取り直して彼女のステータスを覗こうとしたとき、街の南門から叫び声と何かが破壊されたかの様な爆音が響く。

 俺やクレハたちは音のなる方を見る。土煙が上がっていていまいち何が起こっているか分からない。その中にいくつか人影が見える。


 そしてその中の1つはおおよそ人間とは思えない、3メートルを優に超えるかと思われる人型の影でこちらに歩いて来ている。


 俺は以前あんな巨大な化け物に出会ったことがある。それは…………


 砂けむりが収まると、大型の斧を担ぐ水色の髪をした巨人がそこにはいた。服は下しか付けていないが、上半身は太いベルトの様なものをまとっていて、そこにはあの巨大な斧が括られている。


「あのときの巨人…………!」


 俺がこの世界に連れてこられたときのあの部屋で、一際目立つ体格のやつがいた。そいつが今、俺の目の前にいる。

 巨人は俺に気付くと人手も殺しそうな悪い目つきで俺をにらんだ。


「てめぇは確かあのときのボウズじゃねぇか。がっはっは、魔法が使えないもんだからてっきり死んだと思ったぜ」

「あいにく、優しい田舎の人たちに支えられたんでね。まだなんとか生きてるよ」


 俺は知らず知らずの内にこの男に嫌悪感を覚えていた。そもそもこの巨人、というよりトウキョウのやつらにいいことをされた覚えがない。友好的な感情があるわけがないんだ。

 そして、ミリアがトウキョウの上層部に家族を殺されたと言っていたのが決め手で俺はこいつらが憎くて仕方がない。

 俺の憎悪など知らないかの様に、巨人は陽気にガハハと笑い、視線を俺の後ろに伸ばす。そうか、あいつの狙いは……


「ミリア・ミネディア、お前をトウキョウに連れて行く。今日こそは観念しな」

「お断りするわ、五宝人──フジミヤゴウケン。私はそんなに安くない。私を連れて行きたければ、宝王をよこしなさい」


 2人の戦士は一触即発の雰囲気を漂わせる。肌がピリピリするほどの緊張感に空間が包まれた。

 そして、どちらが先に動き出すかと言った状況の中、最初に動いたのはそのどちらでもなかった。


「……お父…………様?」


 巨人の腰ほどしかない少女の発言にその場の誰もが心を奪われた。

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