ライトブルーソルジャー

summer_afternoon

は? アフリカ留学?

「女」

「が」

「ほ」

「し」

「い」

ガラスクリーナーで、窓ガラス一枚に一文字ずつ。切実な少年の主張。青い空をバックに白い文字がよく映える。観客はゲラゲラ笑う。明日から夏休み。だから大掃除。


「高橋! お前かっ」

「げっ」

教室に飛び込んできたサッカー部の顧問に左耳を引っ張られた。

「いって!」

「おお、痛いか。お前のような生徒を管理するオレの心はもっと痛いぞ」

嘘つけ。このドS野郎。

耳を引っ張られたまま、職員室まで「いてて、いてて」と連行され、いい見世物。

ちなみに、オレがガラスクリーナーで落書きした窓は三階。職員室は別棟の一階。


「分かってるのか? 高橋」

職員室で説教を受ける。

「明日から夏休みだ。大学受験に大切なのは、高2の夏なんだよ。

 来年じゃなく、今年が大事なんだぞ!」

あ~あ、聞き飽きた。

去年は「センターは高一の範囲からの出題が多いから、1年の夏が大切」なんて言われた。


「せんせー。夏休みっつっても、明日から補講じゃん? 部活もあるしさ」

「当たり前だ!」

「なんだかなー」

「こら! 反省の色が見えん。『女がほしい』とか低俗なこと言ってる場合か」

「せんせー。もう、掃除戻っていいっすかぁ?」

「高橋。お前なぁ。少しくらい勉強しろよ」

「気が向いたら」

「こらっ」

「じゃっねー。部活で」

「まだ話は、おいっ。高橋!」



職員室を出ると見慣れた顔。

「高橋クン!」

オレを見て、ポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる。

「なんだよ、ブース」

佐藤ハナ。幼稚園のときからの腐れ縁友達。小学校のころは、ぽっちゃりタイプだったのに、中2くらいから別の生き物に進化しやがった。

今では、オレが「ブス」と呼ぶと、周りのヤロー友達は激しくブーイングする。


「職員室に引っ張られたって聞いて、気になって。大丈夫?」

「大丈夫もなにも、松島のやろー、オレがやったって決め付けやがってさー」

「違うの?」

「いや、オレ」

「だよね。この学校に、高橋クン以外で、あんなバカなことする人いないもんね」

くっそ。心配で来たんじゃねーのかよ。からかいに来たのか?

「うっせーな。松島のやろーが言いたかったのは『勉強しろ』ってこと」

「みんなが思ってるよ」

何が『みんな』だ。はー。

「うるせー。ドブス」


まったく。ハナまで「勉強しろ」って。どーゆーこと? 17歳の夏なんて1度っきりじゃん? 海(水着)だろー、花火(浴衣)だろー、恋(裸)だろー。勉強以外にやることいっぱいあるじゃん。

「お、いいところにいた。高橋。お前に話があるんだ」

今度は廊下を歩いてきた担任に呼び止められた。

「ホクソン」

「こら、本人には先生って言え」

ホクソンは持っていた物理の教材でオレの頭を軽く叩く。苗字が北村だからホクソン。

「では、失礼します。じゃね、高橋クン」

ハナは礼儀正しく一礼して去っていく。



「高橋、ちょっと、こっち来い」

ホクソンはオレの出てきた戸口に背を向け、廊下をすたすた歩いていく。

職員室じゃねーの?

説教かなー。物理の課題を提出してないことか? 

美術の時間に、友達に描いてもらってたことか? 

学園祭でデートクラブ的なことをしたのがバレタ?


ホクソンに連れてこられたのは物理準備室。

ここは物理準備室とは名ばかりの、物理教師四名のある意味サークル部屋。鉄分が多く、部屋に飾られているのは電車の写真&模型。簡易応接セットは、どこから持ってきたのか、レトロな電車のイス。向かい合って四名が座れるタイプ。

オレ、この部屋、弱冠肌に合わないんだけど。


「まあ、座れ」

どうぞと掌を向けられた先には、青い簡易応接セット。

「はい」

他の先生は不在。


「冷たいものでも飲むか?」

「おかまいなく」

説教くらうと思うと、やや緊張。ホクソンは冷蔵庫からボトルコーヒーを出して、紙コップに注いでくれた。テーブルには紙コップと、電車の写真が付いたマグカップ。なに? この厚待遇。


「午前中、高橋のお母さんとも話したんだが......」

え! ババア?

オレの母は、PTA役員のため、ときどき学校に来るようだ。

「お前、パスポートは持ってるって? 有効期限6ヶ月以上」

「はい」

「塾の夏期講習は変更できるらしいな」

「え、まあ」

「健康」

いったいなんなんだ。

「どうしたんですか?」


「アフリカのソイル国へ短期留学しないか? 欠員が出たんだ」


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