文通屋
ひかる
営業中‐1話[こころのゆとり]
スマートフォンやパソコン、テレビなどで情報を見たり、共有したりしている現代。相手の顔を見るより画面を見る時間のほうが長くなっていませんか?
自ら書き連ねる文字には、想いが宿ります。文字の形、少し汚れた便せん。形の決まった文字にはない、あたたかみがあります。
あなたも手紙、書いてみませんか?
文通屋、営業中です
・
カランコロン…
「すみませ~ん、どなたかいらっしゃいませんか~?」
真帆は商店街の端にある古びた喫茶店を訪れた。
外観は壁一面にツタが這い、かろうじて見える窓からは優しく微笑む小人の置物が街行く人を見守っているかのように佇んでいた。
ひとたび中にはいると、ツタの影響か全体的に薄暗く、テーブルとカウンターのみを照らす照明と小窓から外の明るい日差しが差し込むのみだが、なにか優しいあたたかみを感じる店内だった。
「すみませ~ん!…だれもいないのかな…」
真帆はこうやっていろんな街の喫茶店巡りをするのが日課だった。
ドタドタドタ…
「はいはいはい、何のご用ですか?手紙?それとも…ナンパ…?」
「ナンパなわけないでしょう!店先に営業中と書かれていたので入ってきちゃったんですが、喫茶店じゃないんですか?」
「…あぁ!そうでした!ずいぶんとお客さんが来てないものですから、すっかり忘れていました!ははははは!」
「…なんだか変なところにきちゃったかも…」
「今何か言いましたか?…なにはともあれ、せっかくいらっしゃったのでしたらお掛けになってください、ここは喫茶店ですから!」
「はぁ…では、そうします。ではコーヒーいただけますか?」
真帆は、少し変わったマスターに促され、カウンターの一番奥の席に座った。
なんとも絶妙な座り心地で、何時間でもこうして座っていられる気がした。
コポコポコポ…
「そういえば、マスター、さっき手紙か、とおっしゃっていましたが、あれはどういう意味なんですか??」
「あぁ、うちは喫茶店とほかに文通屋をやってるんです。」
「文通屋?」
「最近ではみんな、インターネットとか、SNSでやり取りしてるでしょう?昔みたいに相手の返事を待つドキドキ感を忘れてしまってるんですよ。…はい、コーヒー。」
「確かに…あっ、ありがとうございます。」
「ここでは、そういう気持ちを忘れたくない人が文通をしているってわけです。どうですか、お客さんも書いてみませんか?」
「なるほど…でも、私こちらに引っ越してきてまだ日が浅いし、事情があって住所を誰にも教えてないんです。」
「それなら大丈夫ですよ。うちに手紙が届くんで、お客さんはここにまた取りに来てくれればいいですから。」
「じゃあ、書いてみようかな…で、手紙は誰に…?」
「誰に届くかはわかりません。書いてみようと思いましたら、後ろの棚にペンと便せんがありますから、そこから自由に選んでくださいね」
「わかりました、ありがとうございます。」
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