【編ノ十】あやかし水上大合戦(二) ~七本鮫~
「「「「「水球!?」」」」」
町の喧騒から外れた深い闇の中に、佇む廃ビルがある。
ここは所有者も放置したのか、人っ子一人やって来ない昼なお暗い廃墟だ。
そして、私達ドイツ第三帝国独立精鋭部隊「
いつもの通り、定時報告を行っていた中で、私…ディートリントが告げた内容に、居並ぶ5人が驚いたように声を上げた。
ショートの銀髪に、眼鏡をかけた長身の知的美女、副司令官アルベルタ。
赤毛と頬の傷が特徴的な大女、突撃隊長バルバラ。
銀髪をツーサイドテールでまとめた、勝ち気そうな少女、剣士カサンドラ。
死霊にあるまじき朗らかな雰囲気を振りまく、衛生兵フリーデリーケ。
だぶだぶの軍服に、くまのぬいぐるみを抱えた
そして、冥府の魔王の血を引く、暗黒の魔法戦士。
“
所用で不在のエルフリーデ司令官を加えたこの七人こそが、ドイツ第三帝国独立精鋭部隊であり、恐怖の死霊集団“七人ミサキ”でもある「
先日、私と「
そのため、メンバーをそろえる必要があったのだが、事情を説明し、メンバーに加わってもらおうと説明した途端、全員がビミョーな反応を見せていた。
「あたしはパス」
いの一番に、カサンドラがそう声を上げる。
「そもそも、どうしてそんなことのために、私達が出張らなきゃならないのよ?」
腕組みしながら、私を見下ろすように抗議するカサンドラ。
相変わらずツンケンした奴だ。
でも、元が綺麗カワイイから、こうしたツンとした態度がやけに絵になるし、似合っている。
そして、いじると大変面白い。
私は自分の眉間を指差した。
「そんなに皺(しわ)を寄せていると、いまに元に戻らなくなるぞ?カサンドラ」
「私達は霊体よ?そんなわけないでしょう」
「ほう…でも、アルベルタやフリーデリーケは、
その一言に、バッと二人を見やるカサンドラ。
「私は、たしなみ程度だがな」
「私は結構マメにしてますよ。特に夏の紫外線は、
「(・v・)」
素っ気ないアルベルタと、いつも通りにこやかなフリーデリーケ。
そして、無表情ながらも、どこか得意げなゲルトラウデに、動揺しつつカサンドラはそっぽを向いた。
「ふ、ふん!なら、さらに無い話ね。真夏のプールで水球なんていったら、どれだけ紫外線を浴びることになるか」
それに、バルバラが高らかに笑いながら言った。
「あたしはしてみたいけどなー、日焼け。いまの季節、小麦色の肌の方が『The 夏』って感じするだろ?」
「…死霊としての自覚はあるの?バルバラ」
カサンドラがジト目でそうつっこむ。
「まあ、カサンドラの肌年齢問題はさておき…」
「いつそんな話題になったのよ!?」
どこまでも冷静なアルベルタに、カサンドラが怒鳴る。
「
そう言ってくるアルベルタに、私はしばし無言になった後で、ポツリと呟いた。
「…いいのか、それで?」
「何?」
「今回の水球対決は、私達『
一同が顔を見合わせる。
カサンドラが怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「どういうことよ?」
「実は、今回の水球勝負『勝った方が負けた方の言うことを何でもきく』という条件になっている」
静まり返る一同。
私は、不敵に笑いつつ、懐から一枚の羊皮紙を取り出して、広げて見せた。
「この通り誓約書も書いてきた。さる
羊皮紙からは、ただならぬ魔力の脈動を感じる。
この強制術式誓約書を売ってくれた眼鏡の巨乳錬金術師は「例え、対象が霊体でもバッチリ効くよ~」と言っていた。
聞けば、その業界では「天才」で通っている有名人らしい。
うむ、言うだけあって、いい仕事をしているな。
ヒュウウウウウウウウウ…
夏なのに、何故か一迅の寒風が吹き過ぎていく。
手にした誓約書が、ひらひらと揺れる中、私はあることを思い出して続けた。
「ちなみに、もし負けたら、私達は全員エロメイド姿で、彼ら兄弟に対して、一週間の奉仕任務をすることになっ…」
「アホかぁぁぁぁぁぁッ!!」
突然、カサンドラが声を上げる。
「あ・ん・た・は~ッ!!何で、そんな勝手な約束をすんのよッ!?」
私の頬っぺたを左右に引っ張りながら、カサンドラが鬼気迫る表情で言った。
「
「バカなの、あんた!?いいえ、バカね、アンタ!!」
激昂するカサンドラに、溜息を吐くアルベルタ。
「今回ばかりは、私もカサンドラに同意見だ」
「おや、そんなに勝ち目ないのかい?あたしら」
バルバラがそう尋ねると、アルベルタは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「確か“七本鮫”は、日本
「強い…ってことですか?」
そう尋ねるフリーデリーケに、アルベルタは頷いた。
「推測だが、おそらく水の中では破格の能力を発揮するだろう。はっきり言って、我々の能力でも太刀打ちできるかどうか…」
「(・。・;)」
「うむ。ゲルトラウデが懸念する通り、
全員が、無口になる。
む…これは、もしかしてかなり分の悪い賭けになってしまったか?
「お話しにならないわね」
ようやく私の頬を開放しつつ、カサンドラが肩を竦める。
「友達のためだか何だか知らないけど、あんたが撒いた種なんだし、ちゃんと自分で責任取りなさいよね」
そう言いながら、ジロリと私を睨むカサンドラ。
他の皆も、非難の言葉こそ口に出さないが、困ったような視線を向けてくる。
私は、軽く嘆息した。
「…仕方があるまい。皆、この件については、忘れてくれ」
「で、でも、ディート!他のメンバーに心当たりはあるの?」
フリーデリーケが心配そうに聞いてくる。
私は薄く笑った。
「見くびらないでくれ。これでも悪竜王を討ち滅ぼした闇の剣士だぞ。今は…」
「ハイハイ『転生して、十全に力を振るえない』ってんでしょ?もういいから、とっととメンバー探しに行きなさいよ」
犬でも追い払うように、カサンドラがしっしっと手を振る。
私は、そんな彼女に静かに頭を下げた。
「そうしよう…すまなかったな、カサンドラ。それに皆も。今回の一件、責任をもって私一人で何とかしてみる」
そう言うと、私は皆に背を向けた。
アルベルタは無言だった。
バルバラも腕を組んで、困った顔をしていた。
フリーデリーケはオロオロするばかりで、ゲルトラウデも(見た目は無表情だったが)一緒にオロオロしていた。
カサンドラは…静かに唇を噛んでいた。
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「水球…ですか?」
そう言うと、
ここは降神町役場にある特別住民支援課。
何でも、
私の目の前に立つこの青年は、ここの唯一の人間の職員であり、目下、エルフリーデ司令官が執心している男だ。
年齢は私より上であるはずだが、童顔であるためか、年下に見える。
もっとも、私は既に過去の亡霊の身だから、実年齢は彼よりはるかに上なのだが。
「水球って…確か、水の中でやるハンドボールみたいな競技でしたよね?」
「そうだ。で、かくかくしかじか…というわけなんだ。なので、お前の
十乃は一筋汗を垂らした。
「そ、それはまた…いきなりですねぇ」
「そう言うな。一緒に
かつて、私達「
その時、この十乃も現場におり、事態の解決に一役買ったのだ。
それ以来、私もこの青年には一目置くようになった。
何より、エルフリーデ司令官のお気に入りである彼をダシに、カサンドラをからかうのが面白かった。
「相手は“七本鮫”だ。できれば、こちらも水中活動に長けたメンバーをそろえたい。知り合いにそういう特別住民(ようかい)はいないか?」
私がそう言うと、十乃は腕を組んだ。
「水棲妖怪ですよね?うーん、いないこともないですが…相手が引き受けてくれるかは別の話ですよ?」
「それでも構わん。とにかく、頭数だけでもそろえなくては話にならないからな」
「分かりました。とにかく、今日中に何人かピックアップしてみます」
「助かる。お礼に、後でエロメイド姿で奉仕活動に従事してやろう。エルフリーデ司令官には内緒で、簡単な
「い、いえ、お気持ちだけで結構ですので」
慌てて辞退する十乃。
フッ、
照れなくてもいいのに。
「それより、僕も一緒に行きましょうか?今からお一人で回るのは大変でしょうし…」
心配そうな十乃に、私は首を横に振った。
「いや。申し出は有り難いが、これは私がケリをつけねばならない問題だ。自力で何とかしてみる」
「…あの、差し出がましいようですが」
十乃はおずおずと続けた。
「やはり、アルベルタさん達にもう一度お願いしてみてはどうでしょうか?皆さん、きっと力を貸してくれると思うんですが…」
瞬間、脳裏に皆が難色を示した時の表情が浮かぶ。
「…いや、皆には、これ以上迷惑は掛けたくない」
「…」
「今回の一件は私が撒いた種だし、これ以上皆を困らせるのは…心苦しい」
俯く私に、十乃はふと笑った。
「好きなんですね、皆さんのこと」
そのまっすぐな微笑に、知らずに身体がカッとなる。
私は少しそっぽを向いた。
役場の窓から、日差しに満ちた世界が見える。
その輝く世界が、何故かとても尊いものに映った。
「あいつらは…」
呟きながら、私は十乃に背を向けた。
何故か、いまは顔を見られたくなかった。
「…一緒にいると心地良いんだ」
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そして、勝負の日がやってきた。
真夏の日差しが照りつける、降神町営プール。
強化ガラス張りのドームの中に作られたこのプールは、雨でも関係なくプールに入ることが可能な全天候型施設だ。
今回、十乃の伝手を頼り、役場から特別な許可を経て、この場での水球勝負が実現した。
「ディート姉」
「何だ?緑彦」
スイムキャップに海パン姿の緑彦が、私を見上げた。
ちなみに、私も今日は競泳用の水着に着替えている。
「水球って、確か七人でやる競技だよね?」
「そうだ」
「…他のメンバーの人って、いつ来るの?」
本日貸し切りになった町営プールのプールサイドには、私と緑彦しかいない。
“七本鮫”の兄弟も、まだ姿を見せていなかった。
「…」
無言の私に、緑彦の顔に怪訝そうな顔になる。
「ディート姉?」
「聞いてくれ、緑彦」
私は真剣な顔で、続けた。
「あれは、私がまだ異世界ゼーレンティアで魔剣士として戦っていた時の話だ。私は、とある敵との戦いで、仲間とはぐれ、一人敵陣の中に取り残されてしまった」
緑彦は無言で、私の話を聞いている。
私は続けた。
「応援もなく、周囲を敵に囲まれ、体力も魔力も尽きかけた中、私は死を覚悟した…しかし、その時だ。絶体絶命の最中、私の中に眠っていた冥界の魔王の血が、突如その力を発揮させた…!」
私は拳を握りしめた。
「呪わしい闇の血!しかし、その血が瀕死の私を“
そこで、目を閉じる私。
「圧倒的だった。風前の灯だった我が命は、暗黒のオーラによって強大な翼を得た。みなぎる力の奔流は全身を駆け巡り、尽きかけていた体力と魔力が復活したのだ…!」
「押し寄せる敵兵共は、最初、傷だらけの私を見て、侮ってかかってきたが、奴らはすぐに後悔しただろう。軍刀(まけん)ファフニルを振るう私は、連中には『魔王』の姿そのものに見えたに違いない。そして…」
「ひょっとして『メンバーが集まらなかったから、自分の秘められた力を発動させて、敵を倒そうぜ!』的な例え話をしてる?」
みーん、みーん、みーん…
しょわしょわしょわしょわ…
私はフッと笑った。
「いい勘をしているな、緑彦」
「誰だって分かるよ!」
ニヒルに笑う私に、緑彦は絶叫した。
「どーすんのさ!?まさか、本気で七対二の勝負をやるつもりなの!?」
「いい勘をしているな、緑彦」
同じ言葉を繰り返す私に、緑彦は天を仰いだ。
「本気だよ…この人」
あれから。
十乃の紹介を得て、私は何人かの
が…
「“七本鮫”が相手!?」
「無理無理!悪いけどパス!」
「えー?めんどい」
「柄杓をくれぇ」
…と、ことごとく断られてしまったのである。
つまり、戦わずして、我々の敗北が確定した。
「安心しろ」
私は傍らの荷物から、フリフリのミニスカメイド衣装を取り出した。
「エロメイドの衣装は、お前の分もちゃんとある」
「負ける気満々だよ!しかも、俺も着る前提だし!」
「案外似合うと思うが?」
「そんなん着たら、学校中の笑い者になるよっ!」
「そうか?いつぞやハロウィンの時、カサンドラは魔法少女のコスプレをして、大ウケしていたぞ?壊滅的に」
「壊滅してんじゃん!」
「そう言えばあいつ『いやあああああああああああああああ!もう殺してえええええええええええええええ!』って絶叫していたな。それにその後、しばらく瞳のハイライトが消えていた」
「思いっきり心にダメージ負ってるよね、その人!ってか、一体何やらかしちゃったのさ!?」
ぜーぜーと息を荒げる緑彦。
いかんいかん。
カサンドラに匹敵するツッコミを繰り出してきたから、つい盛り上がってしまった。
「と、とにかく!このままじゃあ俺達の負けになっちゃよ!」
「負け以外の未来があるってのか?」
緑彦の言葉に、別の声が重なる。
振り向いた私達の目の前に、七人の男女が姿を現した。
「よお、ちゃんと逃げ出さずに来たようだな。まず、その度胸は褒めてやるぜ」
七人の中から、目つきの鋭い高校生くらいの若者…明次郎が進み出る。
傍らには与志樹少年もいた。
「何だ、女子供が相手か?張り合いのない」
一番年上で大柄な男が、頭をボリボリ掻きながらそう言う。
全身日焼けした、見るからにガテン系の巨漢だ。
「明次郎に与志樹、こんな茶番に俺達まで出る必要が本当にあるのか?」
「勿論だぜ、
明次郎が我々を鋭く睨む。
「こいつらには、俺達“七本鮫”の実力をちゃんと思い知らせる必要があるんだ」
「どうせもいいけどさ、早く終わらせようよ。あたし、午後のバイトがあんだよね」
そう言ったのは、女子大生風のスレンダーな女性だった。
明次郎に似て、目つきが鋭い。
「なに、すぐに終わるさ、
そう言ったのは、すぐ隣にいた長髪の
仁兵衛と呼ばれた巨漢に比べると、細身である。
「俺も
「また、
長い髪の雅な雰囲気を放つ少女が、ついと冷たい目を傍らの気障男に向ける。
小柄ながら、すらりとした四肢をした、高校生くらいの少女だ。
「鮫島家の男子として、もっと襟を正すべきではありませんか」
「そう妬くなよ、
「だ、誰がヤキモチなど…!」
顔を赤くしてうろたえる神楽と呼ばれた少女を横目に、中学生くらいの眼鏡女子が薄く笑う。
「そこは『お兄ちゃんなんか、全然好きじゃないんだからねっ!』がセオリーでしょ、神楽お姉ちゃん」
「な、何です、その珍妙な台詞は!?」
「ツンデレ妹のテンプレ台詞」
「
嘆息する神楽に、祢子と呼ばれた眼鏡女子は肩を竦めた。
「そんなだから、彼氏も出来ないんだよ。ツンデレ・姫カット・古風なんて武器、うまく使えば、あっという間なのに。あ、恋愛対象が兄じゃあ、どのみちダメか」
「大きなお世話ですっ!」
長男、
長女、
次男、
次女、
三男、
三女、
末弟、
どうやら、この七人兄妹が“七本鮫”らしい。
いずれも、ただならぬ妖気を発しているところをみると、アルベルタの話もまんざら嘘ではないのだろう。
「ところで…」
与志樹少年が、プールサイドを見回してから問い掛けた。
「緑彦、そっちのメンバーはどこだよ?」
「…」
それに無言で唇を噛み締める緑彦。
その手は僅かに震えていた。
きっと、悔しいのだろう。
仕方がない。
元はと言えば、私の発言が招いたことだ。
私は、一歩前に進み出ると告げた。
「それなのだが…実は…」
そう言いかけた時だった。
「へーえ…まあまあの面構えじゃない」
不意に。
ツンデレかつ勝ち気そうで、その癖、人情に弱く、いじると面白そうな女の声が響く。
振り向く私の目に、水着姿の五人の女性の姿が映った。
「
いつものように悠然と腕を組み、相手を見下すように告げる銀髪のツーサイドテール娘…カサンドラ。
「はっはー!聞けば『水球』ってのは“水中の格闘技”とか呼ばれてるらしいな?なら、あたしの土俵じゃん!?」
喜々とした表情で、ボキボキと指を鳴らす赤毛の大女…バルバラ。
「スポーツ!スポーツですからね、バルバラさん!」
愛用の救急箱を手に、心配げな表情を浮かべる少女…フリーデリーケ。
「Σv(≧▽≦)」
浮き輪を装備し、いつもの無表情ながら、ドヤ顔の幼女…ゲルトラウデ。
「遅れてすまんな、ディートリント」
最後に、眼鏡の美女…アルベルタがそう言った。
そこには。
「
「皆…どうして…?」
目を見開く私に、バルバラが笑う。
「どうしてもこうしても、当たり前だろ」
「私達、一心同体だもんね」
フリーデリーケも微笑んだ。
「(^o^)/」
「ほら、ゲルちゃんも『みんな、一蓮托生』って言ってる」
「そういうことだ」
アルベルタが、珍しく薄く笑いながら続けた。
「水中での模擬戦闘は良い訓練になるだろう。
その言葉に私はカサンドラを見た。
すると、カサンドラはそっぽを向き、
「…あんたのことだから、どーせ、メンバーなんて集まりっこないし?そのまま負けてエロメイド姿で奉仕なんて、まっぴらだし?」
フン、と鼻を鳴らすカサンドラ。
「第一、私達『
その言葉に、私は深く頷いた。
そして、静かに頭を下げた。
「皆…ありがとう」
思い思いの反応をする五人を背に、私は改めて鮫島七兄妹に向き直った。
「待たせたな。これが私の仲間達だ…!」
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