【編ノ九】「うわん!」 ~うわん~

「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


「…!」


 降神町おりがみちょう、深夜。

 夜の街角で、自らの口を手でふさいだまま歩く一人の男がいた。

 パッと見れば、欠伸を堪えているように見える。

 が、男の手は一向に下がる気配がない。

 欠伸を堪えているとすれば、相当に眠いのだろうが、男は口を押えつつ、身もだえするような仕草もしている。

 はっきり言って、不審なことこの上ない。

 が、幸いにも深夜のため、人通りは全くなかった。


 そんな彼が、とある住宅街の中を歩いている最中、衝撃的な光景に出くわした。

 ある一軒の家の庭に、僅かに蠢く影がある。

 目を凝らして見ると、黒づくめの衣装に覆面を付けた見るからに怪しげな人物が、家の中の様子を伺っているではないか。


(ど、泥棒だ…!)


 男は慌てた。

 急いで警察に知らせなければ…!

 だが運悪く、彼は携帯電話を家に置き忘れてしまっていた。

 あたふたする彼の目の前で、泥棒はガムテープを窓に張り、音をたてないようにして、手にしたハンマーで窓を割ろうとしている。

 そこから、家の中に忍び込むつもりなのだ。

 それを見た男は、意を決した。

 考えてみれば、これは「」だ。

 音もなく駆け寄ると、彼は口を塞いでいた手を下ろす。

 そして、躊躇うことなく…




「うわん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





 深夜の住宅街を揺るがしたその大声に、不意打ちを受けた泥棒は、あっけなく気絶。

 起き出した周囲の住民は、事情を知るとすぐさま警察に通報し、泥棒は意識不明のまま御用となった。

 彼の一連の功績は、のちに新聞にも取り上げられることとなる。

 

 補足すれば、彼の名は大音だいおん じょう

 降神町に住む特別住民ようかいの一人…“うわん”である。

 “うわん”は古屋敷に棲む妖怪で、夜中、通りかかった人に「うわん!」と大声で吠えかかり、驚かす妖怪だ。

 大音は、妖怪としての特性…夜の街角で誰かに吠えかかりたい衝動に駆られていた。

 しかし、人を驚かせると流石に警察に通報されてしまうため、懸命に堪えていた最中だったのである。


 この一件以降も、大音は時たま夜の街を徘徊するようになった。

 目的は泥棒探し。

 そして、である。


 いささか不純な動機ではあるが、今日も彼は夜の街のパトロールに励んでいる。


 

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