第10話
「そうだ!ついでに教会に寄って行かない?」
アンジュの提案はヴェルトを戸惑わせた。教会とは神に祈りを捧げる神聖な場所で、彼は何を祈れば良いのかと少し悩む。
[いいから!]と強引に背中を押される。
「コッチが近道なの!」
路地に入ると、アンジュは脚を止めた。いかにもガラの悪そうな男が3人、道を塞いでいたのである。
ナイアードによって侵略されてから職を失った多くのアステリア兵は、故郷に帰る者も居ればナイアードに鞍替えする者、このように路上でゴロツキと化す者達も居た。
事実上、国が滅んだのだ。
治安が悪化するのは当然の事で、むしろ今迄が平和すぎたのだ。
ブリゾのリヒトを離れた途端、現実が垣間見えた。
引き返そうとしたが、後方にはすでに2人が退路を絶っていた。
「おっとぉ、通さないぜ。コレ次第だかな」
リーダーらしき男が親指と人差し指で輪っかを作った。
「あんた達!こんな事してないで真面目に働きなさいよ!」
無謀にも程があるアンジュの言動に、ヴェルトは呆気に取られてしまった。
彼にもこの場の危機的状況は理解出来る。
それを恐れもせずに、あまつさえ説教をし始めたのだ。
「いい!国は滅んでも人は滅びないのよ!生きていかなきゃならないんだから!」
「だからよ、俺達が生きる為の金をくれよ」
「働かざる者食うべからずよ!立派な身体があるんだからちゃんと働いて、食べて寝るの!あんた達、一生このままでいいの!」
「うるせぇんだよ‼この女あまぁ‼」
男の裏拳が、アンジュの頬を強か打った。
倒れ込んだアンジュは左頬を腫らして、その口からは一筋の血を流している。
それを目にした時、ヴェルトは自分の中の何かが壊れたような気がした。
「オイ、そこの色男。この女ぁ置いてったら、お前は見逃してもいいぜ」
そんな台詞さえも聴こえなかった。
ヴェルトに逃げる選択肢は無く、倒れたアンジュを包む様に覆いかぶさった途端に、男達はやたらめったらにヴェルトを蹴りつけ始めた。
アンジュから引き剥がそうとする度に、彼女を抱く腕に力を込める。
「ヴェルト!ヴェルト‼」
アンジュは腕の中で彼の名を呼び続けた。骨の折れる音も響く中、それでもアンジュを離さない。
暫くして、誰かが呼んだのだろうナイアード兵が駆け込んでくる。
男達は口惜しそうに舌打ちを残して姿を消した。
すでに動けないヴェルトの胸に押し付けられた顔をゆっくりと上げて、そっと声をかける。
「……ヴェルト…」
「…こんなに、痛いんだな…」
物語の中で傷つく登場人物達の様子に何の感慨も沸かなかったのが、現実の痛みは彼らの苦しみをヴェルトに教えた。
「…何で、逃げなかったの?」
「イヤだった…アンジュが傷ついた姿が」
そこで意識を手放したヴェルトは、またもルーの診療所の世話になるのだった。
「5人に暴行された割に、右腕に肋骨1本の骨折で済んだのは幸いだったね」
ヴェルトの治療を終え、今はアンジュの処置である。
いまだ眠り続けるヴェルトに糸目を向けた。
「心配無いよ。結構鍛えてたみたいだし。…さっき知らせに走らせたから、時期にクロトがすっ飛んで来るよ」
アンジュを安心させるように、いつも以上に穏やかに話し、笑みを見せてその頭を撫でた。
「……あたしのせいだ…」
「ん?」
「あたしが男達を怒らせたから…ヴェルトはこんな…」
そこで初めて大粒の涙を流した。
「悪いのは君じゃない。いいね」
怖い思いをしたのはアンジュも同じなのに、自分の為じゃ無く人の為に涙を流す。
それは、本当に強い人間だからだとルーは思う。強いから優しく出来るのだ。
ソルの葬式の時、あんなに泣き虫だったアンジュが涙を堪えて唇を噛んでいた姿を思い出す。
きっと彼女は、自分が泣けばクロトが更に心を痛めるのを知っていたのだろうと思う。
そのクロトが、診療所の扉を破壊する勢いで飛び込んできたのは、それから数刻の後だった。
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