Re;birth

@fall_grass

 Ⅰ:平和という奴は犠牲の上に成り立ってる


 青々と茂る柔らかそうな草花は風に揺れ、なだらかな丘を染めているその緑は、煌めく日の光を反射させていている。さらに風の爽やかさを感じさせてくれる象徴は何も草花だけでは無く、なびく白。紐に掛けられるように干されているくすみ一つ無いシーツもまた、本日の天候を表していた。


「良い天気じゃないですか。誰ですか? 今日雨が降るなんて言った人はー」


 響くように高い声。真っ青な髪は肩口で切り揃えられ、服装は純白なノースリーブのワンピース。見える肌は少し日に焼け、晴れ渡るこのご機嫌な空模様を、体現したような少女が一人。


「おかしい。昨日月に靄が掛かっていたのに」


 その声を受けたもう一人。こちらは黒髪を伸ばしに伸ばしており、肌は病的なまでに白い。服装も対極で、色は純黒。四分丈ほどの袖に膝まであるスカート。胸元には紅いリボンがアクセントとして付けられている。生地としてウールを使っているらしいが、どの部位もふわりとした柔らかいものではなく、何処か硬い。

 それら含めて、二人は対照的だった。

 纏う雰囲気、漂う空気。受ける印象全てが反対だった。


「だから、なんかその怪しい予想辞めましょうよー。あんまりアテにならないと思うんですけどー」


「バカにしちゃ、いけない。これは昔の人の知恵、その一つ。きっと、私達の暮らしに、役立つから」


 張りのある勢いに満ちた声と、消え入りそうな霞んだ声。

 朝方の静かな丘。そこにただその音だけが反響する。


「あーあ、皆は丘を下りて探し物してますし、園長は昨日から部屋に籠りっぱなしですし。つまんないです」


「つまんないなら、あれしよう。鬼ごっこ」


「なんで二人で鬼ごっこしないといけないんですか……」


 ともあれ暇だった。

 シーツや諸々の洗濯は終えた。後は昼まで何も無い。辺りを見回してみても、そこはいつもと変わらない風景。

 学舎があり、原っぱが埋め尽くし、青が何処までも遠く広がっている。今日も今日とて快晴だ。

 本当に何もすることが無い。鬼ごっこをしようかと、本格的に思案し始めたところへ、また別の声が掛かった。


「おいお前ら、なに遊んでんだ。暇なら俺の作業手伝ってくれ」


 白塗りの四角い建造物。そこに取り付けられた幾つかの窓その一つから、男が顔を出していた。


「園長先生。もう仕事は良いんですか?」


「ああ、やらなきゃいけねえもんは大体終わらせた。まだ仕事は残ってるけどな。全くなんで俺が……」


 頭を掻きながら不満を漏らしている男に、少女たちは叫び、声を掛ける。男がいるのは一階なので、近付こうと思えば文字通り近くに寄れるのだが、それはしない。

 少女たちは知っている。仕事を終えた彼の男は、物凄く機嫌が悪いことを。そして仕事を手伝えと言われた時は、物凄く理不尽を叩きつけられることを。

 身構えている少女たちを他所に、男はそのやつれた顔を無理矢理笑顔に戻し、案の定一言。


「仕事代われ」


「い、嫌ですよーっ」


 その応酬をきっかけとして。

 男は窓枠を飛び越え少女たちの元へ。少女たちはその様に恐れ戦きながらも脱兎の如く逃げ出した。男のその形相は悪魔そのもの。慈悲も何もあったものではない。

 結局、渋っていた鬼ごっこをしている。

 遊びではない本気の逃走劇だが、それでも暇は何処かへ行ってしまっていた。

 決して急では無い緩やかな曲線の丘、そこに敷き詰められた緑の原っぱ。時折吹く風は心地良く、照らす光は温かい。洗濯物ははためき、学舎が涼しい影を作る。天蓋を覆うは真っ青、ただそれだけ。丘を囲うはこれまた澄んだ青。

 それ以外には何も無く。

 それ以上に、何も無い。

 そんな場所で、無邪気な笑い声と断末魔が入り混じり、響き渡っていた。



 一度目は失敗だった。二度目も三度目も。それからしばらく、全てが失敗だった。何が悪いのか何処がおかしいのか皆目見当つかないが、とにかく駄目だった。その後も何度となく試したが悉く、失敗に終わった。最早何度目かは数えていない。とにかく最善を尽くした。そうして、ようやく。今に至ることが出来たのだ。


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