第4話 料理の対価
猫の分のご飯を適当な器に移し替え、俺のご飯には味付けを加えていく。だしの素と、砂糖と醤油と七味を入れて、味を確かめて。
よし。我ながら良くできてる。
どんぶりの器にご飯を盛り、鍋から白米へ調理したそれを移す。
ネットを見て知ったが、動物に何かを作るときは調味料を入れてはいけないらしい。中毒やアレルギーが発症する危険があるから、だそうだ。
右手に猫の、左手に俺の夕飯と布巾を持って、リビングへ。
「ご飯出来たぞ」
窓の方を向いて、毛繕いをしていた猫が振り返る。おまえ、食い意地張ってるよな。
耳をひくひくさせて、尻尾を揺らすその姿はとても愛らしいのに。
俺が座り込んだ左側に、猫のご飯を置いておく。持ってきた布巾で、テーブルを拭いて即席親子丼を目の前に乗せる。
ほうれん草と黄身の色合いがなんとも言えず、我ながら素晴らしい出来映えだ。
ご飯をお気に召したらしい。皿まで綺麗に舐めた猫は、こちらを一瞥すると、ふらりと部屋を出ていった。
「おいっ! 待てよ!」
たまらず、猫の後を追いかける。一人にしておくわけにはいかまい。
俺を誘うようにふらりと揺れた尻尾を追いかけ、気付けば彼女の書斎の戸を開けていた。
乱雑に置かれた(少なくとも俺にはそう見える)、本の隙間を縫って猫がずんずんと奥へ進む。
「早く戻って来いよー」
「にゃーぐ」
なんつう、不満そうな声で鳴くんだ。
「……いけばいいんだろ」
「なぁー」
拒否権はないらしい。
……仕方ない。惨状と化している部屋へ、ろくに足場のないそこへ。俺は踏み入る。
漫画や雑誌、小説は勿論の事、どこからどこまでが一区切りか分からない紙の束までがフローリングを埋め尽くしていた。
不格好なリズムを刻みつつ、爪先で足場を探す。一歩踏み入れるごとに沸き上がる掃除したい気持ちをグッとこらえる。
この部屋を片付ける事だけは、
慎重に足を運び、猫の待つビーズクッションの所へ。デニム地のビーズクッションに雪崩れ込むように座り、ようやく人心地着いた。
こんな苦労をさせて、一体何の用だったんだ?
倒れ込んだまま猫に視線を持っていくと、猫がビーズクッションの裏に隠れてしまう。
視線ですら追いかけるのが面倒で、天井を見上げ短く息を吐き出す。
いくらなんでも、気まぐれすぎる。
非言語コミュニケーションを迫られている
ひと息ついて、身体を起こし部屋を見回す。元凶の猫はどこだ?
周囲を見るといた。静かになった部屋の割と片付いている本棚の前で、猫は一冊の本とじゃれている。
「まさか、な、、」
猫を抱えあげ、本を見つめる。
読んだことのない本のタイトルと、新しい紙のにおい。思い出すのは、未希帆との約束。
『美味しいご飯をつくってくれたお礼』
そう言った彼女の、はにかんだ顔だった。
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