猫は放ってはおけません
瀬塩屋 螢
第1話 始まりの猫
窓から射し込む、柔らかな夕日と春の風。
彼女の部屋に入った俺を迎えてくれたのは、部屋の中央に堂々と居座る猫だった。
マンチカン、と言うらしい。日当たり良好なフローリングの床に堂々居座り、来客に無反応なふてぶてしい猫の品種は。猫なんて、俺の人生で全く関りがなかったので、スマフォで調べてみたらその名前がヒットしただけだが。
毛並みや耳の具合から判断したのが、もし違ったところでさしたる問題はないだろう。
……それより問題なのは。
「どこだよっ、家主!」
俺に、ここへ来るようメッセージを送り付けた家主。
未希帆とは、高校時代からの付き合いだ。単なる友人とは少し違う。どう違うのかについては、大学の論文一本でも足りない説明を要するので割愛させてもらおう。
こうやって呼び出されれば、のこのこ家に行ってしまうくらいの関係だと思って欲しい。呼び出されるたびに、律儀に家を訪ねる自分もどうかと思うが、自宅に呼び出しておいていないアイツもアイツだ。
アパートの居住スペースをくまなく捜索し終え、未希帆がいないのを確認すると、俺はスマフォを取り出した。
『今、どこ?』
SNSでメッセージを送ると、即座にメッセージの吹き出しの横へ既読の文字が追加された。ついでに、猫のあたりでマヌケな着信音が鳴る。
(嘘だろ)
嫌な予感しかしない。ずいぶんと大人しい猫を抱き上げた。猫が元いた場所には、見覚えのあるスマフォが一台。
そっと、猫を床に下ろし、代わりにスマフォを拾い上げる。
うん。どっからどう見ても、未希帆のスマフォだ。
「なんでアイツ、携帯を携帯してないんだよ!」
「なぁー」
俺の叫びに応じた例の猫は俺を見上げて、その緑色の目を光らせた。
虚しく部屋に響いた声を聞いて、ほんの少しだけ冷静になる。これくらいいつもの事だ。怒っていたら身が持たない。そう言い聞かせ、深呼吸をする。
猫の体温で微熱を帯びたスマフォの画面を点ける。ロックのかかっていない未希帆のスマフォ画面は、『
俺のスマフォに表示させている画面と大差ないか。いや、一か所。メッセージを打ち込むバーの部分に文字が残っていた。
『私猫』と。
何度も見直すが、それしか書かれておらず、俺は再び日向ぼっこを始めた猫を見るしかなかった。
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