入学事件

上村アンダーソン

入学の日

 高校に入学するこの春まで、平凡な人生を送ってきた。この先もきっと平凡な人生を送っていくのだろう、と考えていた。

 俺が入学したのは地元の公立高校で、特出した何かがあるわけではない、偏差値も平均的で、あえて特徴を挙げるなら部活動が多いという点くらいの普通の高校だった。いや、正確には、だと思っていた。進学先に選んだ理由は家から近かったからで、成績的にも何の問題もなくあっさりと入学することができた。これから始まる3年間の高校生活に胸を躍らせる、なんてことはなく、バイトを掛け持ちするだとか、彼女を何人もつくるだとか、海賊王になる、なんていう明確な目標も持ち合わせていなかった。


 入学式の日、俺は遅刻しないようにと少し早めに自宅を出てゆったりと学校に向かった。

 学校に着くと、校門は漫画などの創作でよく目にする部活の勧誘でごった返していた。実際に目にするの初めてで、些か感動を覚えたが、その感動が吹き飛ぶくらい下駄箱に辿り着くのには苦労させられた。噂通り部活はものすごい数で、誰もが知っているメジャーな部活もあれば、よく分からないマイナーな部活まであった。中には呪殺部や布団と布団の隙間のひんやりした空間で生きて生きたい部なんていう意味不明な部活まで存在した。この高校は大丈夫なんだろうか。


 靴を履き替えて廊下に出ると、クラス分けの紙が貼ってあり、貼り紙の前は他の新入生で溢れかえっていた。新入生のクラスはAからGにまで分けられていて、俺は自分のクラスが1―Cであることを確認し、教室に向かった。


 自分の教室に向かい、扉を開けると、教室にはすでに殆どの奴がおり、雑談している奴や一人で机に突っ伏している可哀想な奴もいた。俺は、さっさと席に座ろうと思い、黒板に貼ってある座席表を確認し、自分の席の方に目を向けた。だが、俺の席には知らん奴が我が物顔で座っていた。見間違いかと思い、黒板の貼り紙を何度も確認したが、何度確認しても、俺の席には知らん奴が鎮座したままだった。


 俺が座るはずの席に座っていた奴は、身長は190㎝、髪は茶、筋肉モリモリマッチョマンの男子だった。いや、男子というより、もはや筋肉の塊で、100人に街頭アンケートを取れば、100人がこいつは人ではなくゴリラだと答えるような感じだった。かく言う俺も、こいつはゴリラと人の融合体なんだろうなぁとか考えていた。

 何故、この筋肉ダルマが、俺の席に座っているのかといえば、この筋肉ダルマと俺の名字が同じだったからだろう。座席は名簿順になっており、筋肉ダルマは自分と同じ名字が二つ並んでいることに気づかずに俺の席に座ったのだ。俺は筋肉ダルマに席を間違っていると訂正をしようと、涼しい顔で俺の席に座っている筋肉ダルマに近づいた。


 しかし、俺は既の所で、声をかけるのをやめて、本来、筋肉ダルマが座るはずだった一つ前の席に、何食わぬ顔で座った。何故、声をかけるのを止めたかといえば、いきなり筋肉ダルマに声をかけ、悪目立ちしてしまうのが嫌だったからだ。決して、筋肉ダルマが怖かったからではないし、初対面の人間に話しかけるのが苦手だったからではない。俺は断じてコミュ障なわけではない。それに、どうせ授業が始まってしまえば、数日で席替えをするだろうから、席の一つや二つ違ったとしても何の問題もないはずだ。そんなことを自分に言い聞かせていた時だった。


「おい、席、間違ってるぞ」


 と背後から、ドスの効いた声で、席を間違えて座っている筋肉の塊に指摘された。

 お前だよ。と思わず声が漏れてしまいそうになるのを抑え、恐る恐る背後を振り返ると、ゴリラが眉間に皺を寄せ、こちらに睨みを利かせていた。


「席、間違ってるぞ」


 と先ほどと同様のセリフを口にして、再びこちらに睨みを利かせてきた。すごい形相だ。まるで意味が分からない。席を間違えたのはこのクソゴリラであり、俺ではない。これは何かの試練なのだろうか。もしかして、入試はまだ続いていて、これは入試の一環なのだろうか。だとすれば、これは何の能力を測る試験なんだ。まるで分からない。誰か助けてくれ。


「席、間違ってるぞ」


 こいつは壊れたラジカセか。同じことしか言えんのかこの化け物。このままではこのクソゴリラは延々と同じセリフを繰り返す廃人ゴリラになってしまいかねないと思い、俺はその因果を断ち切ってやらねばと渋々ゴリラに声をかけようとした。しかし、話しかけようとしたところで教室に担任らしき人物が入ってきた。タイミングがいいんだか悪いんだか分からない。


「よーし、全員座れー」


 担任らしき人物はどうやらこのクラスの担任で合っていたらしい。その担任の見た目は特に何の特徴もない普通の男だった。目が死んでいることを除けば。年齢はおそらく30代半ばで、黒髪の中肉中背の普通のオッサンだった。ただ、ものすごく目が死んでいた。死者蘇生でも蘇生できないくらい死んでいた。深く深く底の見えない暗澹たる闇が詰まったような目だった。見ていると不安になってくるので、今後は目を合わせないようにしようと心に誓った。


 担任が黒板に名前を書いて、自己紹介を始めた。 担任はタコス=ハラショーという名前らしい。名前も普通じゃなかった。何だ、タコス=ハラショーって。間違いなく偽名だろ。だが、タコス=ハラショーはそんなことはおかまいなしにクソどうでもいい自己紹介を続けた。


「じゃあ、出席とっていくぞー」


 タコス=ハラショーの死ぬほどどうでもいい自己紹介が無事に終わり、次に出席確認に移った。覇気のない声で、タコス=ハラショーが一人一人の出席を確認していく。出席確認は順調に進んでいた。途中までは。名字が、た行に差し掛かったところで事件は起きた。


「津川ー」

「ヒャッハーーーッ!!!」


 ヤバい。ヤバい奴だ。なんだあれは。見た目こそ普通の男子なのにテンションが世紀末だった。すごい白目むいちゃってるし。すごい海老反りだし。しかも名字は津川とかいう超普通の名字だった。そういえば、聞いたことがある。高校生になるのをきっかけにイメージチェンジを図り、不良のような行為に手を染めることを高校デビューと言うと。あれが噂の高校デビューなのか。高校デビュー恐るべし。


「うるさいぞー」

「すいません…」


 世紀末津川は弱かった。再び教室に静寂が訪れ、タコス=ハラショーのやる気も覇気もない声のみが響き渡る。どうでもいいけど、タコス=ハラショーって言うのめんどくさいわ。

 世紀末津川に気を取られていたせいで忘れていたが、俺は後ろのクソゴリラと席が入れ替わっているのだった。このまま名簿順に名前が呼ばれると、クソゴリラが先に呼ばれるが座席は俺の後ろという矛盾が生じてしまう。そうすれば、問題になり、クラスの奴らからも注目され、悪目立ちしてしまう。何より、入学早々、問題児として目をつけられるなんて冗談じゃない。どうにかして席を元通りにしなければいけない。だが、どうする。どうするんだ。どうすればいい。助けてドラえもん。

 とか考えているうちに、クソゴリラの名前が呼ばれてしまった。俺はもうヤケクソだった。


「山口ー」

「はい」


 俺が先に応えてやった。もうどうにでもなれ。しかし、タコスは特に何の疑問を持たないまま続けた。

「もう一人の山口ー」

「ハァイ!」


 クソゴリラも声高々に応えやがった。てか声でかいわ。でかすぎて俺の鼓膜が震えてるわ。うるさくてうるさくて震えてるわ。

 こうして、特に問題にもならずに出席確認は無事に終了を迎えたのだった。ただ一つ、何故、クソゴリラは俺に席を間違ってると言ってきたのかが謎だった。

 この後、クソゴリラに確認したところ、席を間違えたことは分かっていたが、間違えたのを周囲に知られるのが恥ずかしく、動くけなくなっていたところを、俺がゴリラの席に座ったことを好機だと思い、俺に罪をなすりつけようとしたそうな。地獄に堕ちろ、クソゴリラ。

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入学事件 上村アンダーソン @Sananomisoni

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