他称・最強の勇者はハーレムがお嫌い

Mr.K

第1話『ハーレムは元はハレムって言うらしい』


――その日、ヴェトリウス王国の王城では、ある儀式が執り行われていた。


 三千年ごとに出現するとされる災厄の化身――魔王が現れて数ヵ月。

 当時互いにいがみ合っていた大陸諸国は、この災厄にそれぞれ独自に対策を講じてきたものの、それが実を結んだのは、僅か三ヵ国程度のみ。


 大陸最大規模を誇るマゼラ帝国。

 帝国に匹敵しうるユーギア連合国。

 そして、その二つの国よりも更に小さな此処、ヴェトリウス王国。


 しかし、ヴェトリウス王国は滅亡の危機にあった。

 マゼラ帝国程の軍事力も無ければ、ユーギア連合国のように科学・魔術の技術が発展しているわけではない。

 所謂アナログな国であるが故に、兵士の白兵戦闘能力などは二国よりも僅かに勝るが、それ以外の面では遥かに時代遅れなこの国が存続できたのは、一重に魔王のおぞましき軍勢の根城から遠い場所にあったからに他ならない。

 単純な話、この国もまた、程なくして他の国と同様に魔王の軍勢に蹂躙される――はずだった。


 だが、まだ希望はあった。それが、この国に遥かな古の時代から伝わる救世の勇者伝説。

 ある神格への信仰が根強く残っているこの国に残された、たった一つの希望。


『――来たれ、勇気ある者よ! 救世の戦士よ!』


 謁見の間の床一面に描かれた赤い魔法陣の前で、老齢の魔術師が呪文を唱える。

 それを、周囲で王や魔術師の警護に当たっている騎士や兵士達が、固唾をのんで見守る。

 魔術師の正面に座する王も、そしてその隣に立つ金色の装飾が目立つ騎士も、静かに事の成り行きを見守る。


『厄災を祓う力を持ちて、今こそ現出せよ!』


 最後の一節が唱えられた瞬間、魔法陣が赤白く輝き、中心から光が溢れる。

 そのあまりにも眩い光に、騎士や兵士達は狼狽えるが、魔術師と王、そして金の装飾の騎士は、ただ真っ直ぐに光の中心を見据える。


 やがて光が収まり、一同の目の中に飛び込んできたのは――


『――あっ、えっ!? 何!? 何がどないなってん!?』


――黒い衣服と白のシャツに身を包み、黒い頭髪をした、十六・七ほどの少年だった。





******





――約一年後、ヴェトリウス城の一室。


「なーなー、騎士ちゃんよぅ」


「なんです、勇者?」


「『様』付けんな言うゆーてるやろ」


「立場上仕方なしと言わせていただきましょう」


「立場て、君と俺の仲やろ?」


「では本音で言わせて頂きますと、貴方が『ちゃん』なんて付けるのを止めて下さればすぐにでもやめましょう。……で、なんですか?」


「むぐぅ……なんちゅうかさぁ、俺、何時になったら帰れるん?」


「……それ、何度目です? って、聞いても知るわけないですよね」


「当たり前やろ。もう一年前ぐらいからずっと言うゆーとるわ」


「ですから、こちらも何度も言っているではないですか。勇者召喚の儀式に関する文献は少なく、過去に呼び出された勇者のその後を記した文献なんてそれこそ皆無なのだと。帰してあげたいのは山々だとも」


「君そない言っとるけど、俺知っとるんやで。周りみぃんな、俺の事付けねろうとるって。やれ「勇者に師事して強くなりたい」だの、やれ「勇者を自国の戦力として加えたい」だの、やれ「お近づきになって、一族を繁栄させたい」だの……」


「仕方ないでしょう。貴方はあの魔王を倒した勇者。如何にして討滅したかはさておき、実力は確かなのですから。とんでもない戦闘技術があるものと見て師事したくもなりますし、その力で覇を唱えたいと思うでしょうし、子供が生まれれば強大な力を持つやもしれませんし」


「せやかて、そんなんあっちの都合で、俺には関係ないやんけ。なんかよう分からん内に呼び出されて、しかもウチに帰られへんこっちの気持ちも考えんと、勝手な連中やわ。んなもんに付きうてられへんっちゅーに」


「しかし、普通に考えると、男性冥利に尽きる状況なのでは? 自らの力を誇示できますし、それに伴う権利を獲得できるわけですし、何より女性を侍らせるというのは――」


「ストップ。そっから先は聞きたない」


「……変わってますね、貴方も。一夫多妻は、謂わば強者の特権のようなものですよ? 子孫繫栄のみならず、あらゆる女が貴方に尽くすというのに。第一、魔王討滅の旅で、貴方に惚れたりした女性がどれ程……」


「あのな? これも言うたけども、俺のおったところ――というか国――じゃ、そんなん無いねん。一対一、これが当たり前や。ハーレムなんて、それこそ外国にでも行かな、現実にできひんで」


「では、此処がその、ハーレムとやらを現実にできる外国ですよ。それに、貴方は以前、こうも言ったではないですか。えぇと、確か……そう、『郷に入っては郷に従え』、でしたっけ」


「ド畜生、お前も敵か! ……いやいや。常識的に考えてみなさいな。そういうのハーレムが無い土地で育ったら、普通そんな事考えないじゃん? 考えたとしても妄想の中ぐらいじゃん? だって、そんなの現実にありえへんって考えとるわけやし」


「まぁ、育ちとはそれ即ち、各々の考え方に繋がるものですしね。しかし、尚更それが出来るようになったら、やりたくなるものなのではないのですか?」


「分かっとらんなー。ええか? そないな風に易々と受け入れられるんは、普通の人間ちゃう。あるべき頭のネジが飛んでもうた奴や。……あー、ネジって分かるか?」


「分かりますよ。帝国からの技術の流入で、我が国に入ってきましたからね。貴方の言う、頭のネジがどういう意味なのかは分かりかねますが」


「俺のおったところと共通点あったりすんの、つくづく不思議になるわぁ……。つまり、アレや。お前は騎士として、王に忠誠を誓って忠実に守るってのが当たり前、というか大事や思うとるやろ? その考えが無くなった自分て、考えられるか? っちゅうこっちゃ」


「……確かに、考え難いですね。なるほど、頭のネジとは、自分の持つ信念の事なのですね」


「ちょっと違うような……まぁええか。ともかく、俺はそんな、ハーレムが当たり前とか、そういうのを受け入れられへん言うとるんや。他にも理由はあるけど」


「他にも、ですか」


「せや。……周り、誰もおらんやんな?」


「少々お待ちを……ええ。廊下にも誰もいません」


「なら言うけど……まぁ言いにくいんやけど……その、ハーレムってなんか、めんどくさいっちゅうか、なんかちゃうなぁ、ていうか」


「めんどくさい、ですか」


「ああいや、ちゃうねん! そこ語るとな、なんかこう、元おったところであったドラマ――劇みたいなもんや――思い出してもうてな」


「劇みたいなもの……どのような?」


「えぇとな、ざっくり説明すると、昔は俺のおったところでも、お偉いさんだけ側室とかそういうのが持てたりしてん。で、その女連中が互いにいがみ合ったりしてたん思い出してな……」


「……どこの世も、似たようなものなのでしょうか」


「うわ、こっちもそないな感じなんけ……ま、まぁそこは置いとこ、な? で、本題なんやけども……ぶっちゃけハーレムって、エロの為にあるみたいなもんやん?」


「思い切った物言いをしましたね」


「うん、分かっとる。分かっとるから冷たい目すんのやめて。兜被っとっても分かるから。……まぁその、考えすぎやってのは分かっとるんよ。でもな? 俺も一人の男やねん。理想ぐらいあんねん」


「理想」


「せや。俺かて男やから、こう、女の子と一対一でイチャイチャしてな、愛を確かめ合うってのに憧れるっちゅうかな」


「颯爽と現れる白竜の皇子に憧れる女子供のような事考えるんですね」


「あ、こっちにも白馬の王子的な、そういう概念あるねんな……ってやかましいわ」


「まぁまぁ、続けて」


「なんや腹立つわ……ともかくな。ハーレムって、一対多やん? そういうのってさ、愛ってあんのかなって。子種目的って言われたら、余計そう思うようになったわ」


「ちょ、直球に言いましたね……」


「引くなや。だって旅の時に会った女連中もさぁ、時々俺に色目使つこうとったっちゅうかさ……お前も知っとるやろ、ナントカって国の姫さん」


「エルキスカ王国のフィラナ姫ですね」


「そうそう。あの姫さんが思いっきり「夜這いに来ました」なんて言うて、俺の寝床に侵入してってさ。正直怖かったで。『据え膳食わぬは男の恥』って言葉あるけど、あんなもん、男に人間止めて、猿かケダモノになれ言うとるようなもんやで。俺の脳ミソどこにあるか分かるか? 頭や。下半身やあらへんねん。好きでもない女を、ただ言い寄られたから抱くとかさ、上手い事言えへんけど、男らしいってのとはまたちゃうと思うんや。……ああ、いや。魅力的じゃないってわけやないで?」


「ええ、ええ。分かっていますとも」


「ホンマかぁ? ……ともかく、そうやって夜這いで来られたからって受け入れたらさ、なんちゅうか、身体目当てみたいな感じして、嫌やん?」


「分からなくもないですが、まぁあの方でしたら気にされないと思いますよ。というかそれ、私以外の人――特に女性――に聞かれなくて良かったですね。貴方を良く知らない人からすればタダの気色悪……変た……オホン。変人の類ですよ」


「めっちゃ濁したなお前? ……まま、ええわ。実際そういうもんやろうし。分かっとんねん、俺がこないな……何様って思われかねんような事、考えるべきやないって」


「しかし、ここでは貴方がその、何様にでもなれる。それだけの力がある」


「そう言いますけどもね? 私元々一般人でっせ? 一般人が異世界で凄い存在になるなんて話は腐るほど見てきたけども。でも実際なってみると、調子乗りたなる気持ちも分かるけど、案外そんな調子ぶっこいとう事したくならへんねん」


「育ちの差、というものでしょうか」


「せやろか。……せやろなぁ。俺、ヒーロー物ようけ見とったし」


「ヒーロー?」


「あー、それはまた今度な。ともかく、ハーレムってつまり子供作るのが目的やん? めんこいのぎょうさん侍らせて、ギンギンにさせて、そんでやる事やるのが目的みたいなもんやろ? 逆にそれ以外に存在理由があるんやったら教えてくれっちゅう話や」


「……目の保養とか?」


「つまりエロ本とか見るようなもんやん」


「大量の羊毛に埋もれたいとか、可愛い動物と戯れたいとか、そういった欲求の一つである、というのは」


「……それありそうで中々否定できんな」


「まぁとどのつまり酒池肉林というわけですが」


「う~~~~~んそう言われると拒否感!」


「我が儘ですねぇ」


「俺、そういう我が儘がまかり通る立場なんやろ? すっごい性に合わんけど」


「……言うようになりましたねぇ。あの頃は狼狽えてばっかりだったのに」


「こんぐらいドンと構えとかな、やってられんわ」


「あ、そう言えばフィラナ姫が貴方に謁見を求めて…………勇者様、いい加減壁を突き破って逃げるのはお止め頂きたい。せめて扉か窓から出て下さい。貴方の聴覚なら聞こえてるでしょう? 勇者様? ……相当遠くに逃げましたね。全く。臆病と言うべきか、謙虚と言うべきか」


 今日も今日とて、聖騎士は溜め息をつき、勇者は文句を垂れる。

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