第10話雲雪〈くもゆき〉

「単刀直入に言おう、私の所で働く気は無いかね?」


会長は、コーラを一口飲むと、珍海に切り出した


「ああ、はい、構いませんよ?」

「もともとプロアプリ坊主になるつもりでしたし・・」


珍海は、すぐさま返答したが、逆に会長はなぜか、「ああ、しまった」と困った顔をみせた


「おっと・・」

「そうだった・・」


会長は座ったままの姿勢で、今まで伏せていた自分のオーラを周りに見えるように可視化させると、

ゆっくり、消し去ってみせた。







(これは一体??何が起きたんだ・・・?)


「・・・・・!?」

「おわぁぁぁぁぁっ!?」


しばらくの間のあと、珍海が顔を赤らめて、今まで自分に寄りかからせ抱いていた犬馬から飛びのく


「ぬん!」


会長が再びオーラを放出し、身にまとう。そして、再びそれを周りに見えないように、隠した


「か・・・会長?」

「今のは・・・!?」


驚きと動揺を隠せない珍海は、犬馬から少し離れたまま会長に聞いた


「あっ・・・」

「こっ・・・こんな事が・・・?」


珍海は犬馬を見て、すごくドキドキしていて、取り乱していた


「安心してくれ、犬馬君は(私が)寝かせてある」

「少し、待っていてな」


会長は、アプリ坊主用の端末を取り出すと、少し操作してから凝視した。


「さほど影響はないようだな・・」

「珍海君、みたまえ」


端末をテーブルの上に差出し、珍海に見るように指示する


「会長・・・」

「これは一体・・・?」


珍海は、犬馬とくっついていた事が、急に恥ずかしくなった事を会長に聞いたのだが、若干、会長と会話が噛み合わなかったよ

うだ。言われるままに端末を覗き込むと、大きく数字で「99.9998%」と書かれていた。


「これはな・・」

「これは、自分の能力が完全に行き渡っている人の・・」


会長は珍海の目をちらり、


「割合なんだよ」


と見ながら続ける


珍海は、じっと画面をみつめている


「ワシの能力はな、・・」

「人の価値観を変える事と」

「人を洗脳することなんだ・・」


会長はテーブルに深く座ると、顔の前で手を合わせ握り、祈るような姿勢で話を続けた。一見、落ち着いているようだが少しの隙もないほどに

珍海の事を注意深く観察している。


「つまりな、キミ達は、キミ達自身が知らぬ間に」

「私の能力の影響を受けていたのだよ」

「いや・・キミ達、というよりは」

「日本人全員だな・・」


会長は話しかけながら目線で珍海に促すように「ちらり」と犬馬を見た。珍海も会長の視線に釣られるようにして犬馬を見た。


「どうかね?」

「犬馬君が、今までと同じく見えるかね?」


会長は、珍海に犬馬を見るように促した。犬馬はさきほどと変わらない姿で寝ているが、どうも珍海の様子がおかしい


「お・・・・俺は・・」

「い、いえ、すごく心臓がドキドキしているのですけど・・」

「なんで・・こんな・・?・・」


珍海は、さきほどまでは取るに足らない事と、気にも止めていなかったのだが、横たわっている犬馬の着ている服はよくよく見

てみると、胸元ははだけ、パンツはずり落ち、靴下は脱げかけていた。自分の胸元には、うっすらと犬馬のぬくもりと、心地よ

い香りが残っていた。得も知れぬ感情に襲われた。そして、股間を膨張させた。今までの価値観から言えば、取るに足らない出

来事であったが、今は違う。

「どうして?」「おかしい」「これは夢か?」同じ感情が珍海の中を繰り返し、何度も駆け巡った。



「・・・・・」

「あっ・・・!!」


しばらく犬馬を見ていた珍海が急になにかを思い出す


「か、会長・・・」

「俺・・・たった今、犬馬を胸元で抱いていたんだけど・・・」

「訴えられたりしませんかね??」


(・・どうしてしまったんだ?俺は、・・これは夢か?それとも、今までが夢だったのか?俺のやってきたことは許される事なのか?)


珍海は呼吸を詰まらせたかのように、自分の胸元のシャツを右手でわし掴みにした。ひどい罪悪感のようなものに襲われたのである。


「・・・・」


会長は少し悲しそうな顔をしていた


「・・まだまだこの程度の認識なのだな・・」


端末を覗き込み、吐き出すようにしてつぶやく。


「安心したまえ、「今は」この程度では訴えられたりせん・・」

「わしが価値観を変えている・・・」

「だが、過去には・・」


会長はそこまで言って言葉を詰まらせた


「過去には・・?」


珍海は続きが気になり、続きの言葉をうながした

会長は、淡々と語りだした。



21世紀初頭、日本は痴漢冤罪問題に直面していた。罪の無い男性が何人も「人」の手によって裁かれ、ある者は投獄され、ある者は会社を辞めさせられ

また、ある者は呪詛を吐き自殺していった。たとえ、無実の証拠があっても、女性の主張が一方的に優先され、男性の言い分は無視された。

警察署に連れて行かれ、”やったことを認めるまでは ”自宅に帰ることも許されない。

中世の「水中に沈められて、浮いてきたら魔女として殺され、浮かなかったらそのまま溺死する」という、魔女裁判のような事がこの日本で行なわれていた。


では、なぜ、女性の言い分が一方的に取り上げられるようになってしまったというと、それは、「アメリカの女性差別問題の一部分だけをマネてしまった」

ところにある。これは、「先進国すごい!」「女性に優しい、すごい!」「スタイリッシュ!かっこいい!!」と日本政府が勝手に誤解し、それを受け入れて

しまった事が原因である。女性の言い分を一方的に優先し、正しいものとする、あきらかな曲解。独自解釈がまかり通ってしまったのだ。


そして、それは次第にエスカレートしていった。


「触ってないのに触ったことにされてしまう」


という、価値観が「違和感なく国民に受け入れられた」前例がある以上


「実際にやった事ならしょうがないだろう」


ということにされ、今度は、「女性と同じ空気を吸っていたら有罪」という状態になってしまった。もう、明らかに最初の趣旨とずれてきている。

「女性に視線を合わせたら有罪」というのも同時期である。もはや、そこに正義はなかった。

面白半分に、痴漢やセクハラをでっちあげ、示談金をせしめる輩が続出し、女性は我が物顔で暴虐の限りを尽くした。


この問題は次第に「主張する女性の年齢が小さければ小さいほど重罪」


と、なっていき、5歳児や6歳児などの低年齢の女性が、両親にそそのかされ、わけもわからずニセの告発をするケースが相次いだ。

中には自分の娘を風呂に入れて、なぜか「妻に」訴えられ、首を吊る男性も現れた


日本政府は、電子機器メーカーに、あるものを開発させる。


「痴漢防止手袋」


これは、マイクロチップが埋め込まれた手袋で、女性を触ったか触ってないかを判断するのに使われた。パソコンを一台買えるほど高価なもので、

これの売り上げの一部は、政府が用意した法人の財布に、「公認料」としてそのまま入っていった。

世の中の男性は、「それさえ付けていれば・・」という事で、渋々それを購入し、着用して通勤したのだった。


夜の電車は、痴漢防止手袋をつけたサラリーマンと、「示談金目当ての女児や、女性」で溢れかえった。

過去に、「おやじ狩り」と呼ばれたいわゆる強盗が流行っていたが、今では「女児や、女性」が形を変えて「おやじ狩り」をする時代となっていった


痴漢防止手袋を付けていない男性はもはや「自殺志願者」などと揶揄され、実際にそうなっていった




「おっと・・」


会長がふと我にかえった


「長々と話してしまったな・・すまん」


珍海に向けて、ニッコリ謝罪した。


「にわかに・・・」

「にわかには信じられないのですけど・・」


珍海は会長の昔話に動揺しながらも、自分の意見を述べた


「だろうな・・」


会長は力なく答えた


「データなどはどうされたんです?」

「いくら、人々の記憶から消し去っても、パソコンなどのデータには残っているのでは?」


珍海が疑問をぶつける


「・・・データの改ざんや、消去なども私の能力にはいっている」

「・・追いつかない部分は、他のアプリ坊主に頼んだ」


会長はテーブルの上に置いてあったおしぼりで手を拭うとぽつぽつと答えた


「・・・本当に」

「・・日本でこんなことが・・?」


どうも、「信じられない」といった感じでいまいち実感が沸かない。だが、珍海に取ってそれは無理もない事であった。法治国家であるはずの日本で

「証拠があるのにもかかわらず」一方的に裁かれてしまったり、「身内」に得体の知れない示談金目的の訴訟を起こされてしまっていたのだから。


「・・・・会長は・・」


続けて珍海は、「会長はその事件に巻き込まれたんですか?」と聞きかけてしまったが、途中で言葉を変えた


「それでこの国を変えていこうと??」


珍海は会長の目を見ながら問いかけた


「うむ・・・」

「巻き込んですまんな・・」


会長は静かに答えた。犬馬は、何も知らずに気持ちよさそうに寝ていた。少し、はだけていたので珍海は「犬馬に触れないように、慎重に」恐る恐る

自分の着替えの予備をそっと犬馬にかけてあげた


「い、今、少しだけ犬馬に触れてしまったのですが」

「風邪をひかないようにと・・・・」


唾を飲み込んで珍海が続ける


「こんなのもダメだったのですか・・・?」


ひどくびくつきながら会長に尋ねた


「もちろん、ダメだった・・そればかりか・・」

「たとえ、合意があったとしても」

「あとから訴えられれば、おまえさんは」

「一方的に負けていただろうよ・・」


会長は真顔で、残念そうに珍海に答えた。


「・・・・・」


珍海は絶句し、言葉を失った。薄暗い、酒場風の秘密基地は、少しの間静寂に包まれた。


「会長は、先ほど、「私の下で働かないか」とおっしゃいましたが」

「それは・・?」


しばらくの間、考えた珍海が質問する


「ああ・・」

「それは・・「プロアプリ坊主」では無く、」


「私の側近として働かないか?という事なんだ」

「もちろん、犬馬君も一緒にだ」


会長が言葉を詰まらせながらも、珍海に答える。


「・・・少し・・・少し考えさせてください」

「あとは・・」


珍海は寝ている犬馬のほうをチラリ、と見ながら、


「僕に、会長の能力を再びかけてください」

「このままでは気が散って、試合どころではありません」

「お願いします・・!」


会長に直訴した。



「珍海君が、気が散るというのなら、掛けなおすが・・私の能力は今のところ完全に機能しておるよ・・?」


「外部に悟られることは無いので心配はしなくていい」

「ただ、・・」

「私の能力は同じ人間に何度も掛け直しをすると、次第に免疫のようなものがついてしまうらしく、」

「効果が薄れてしまうのだよ・・」


会長は、残念そうに答えた


「それでもいいです・・」

「この恐怖から、少しでも遠ざかるのであれば・・」


珍海の言う「恐怖」とは次の事だった


今まで通り、犬馬と接することができるのかどうか?という事。真実を知ってしまい、本当は、とてもじゃないが触れて

良い生き物ではなくて、それでも犬馬とペアを組んで行けるのかという不安。

この年齢の女性に対して接触すると「全然関係ない第三者に裁かれてしまう」ということ。世の中のシステムについてだった。



「・・・そう言う事なら・・」


会長は珍海に術を施すべく、再びオーラを可視化させた


「む・・?」

「少し弱っておるな・・」


だが、オーラの勢いが少し、下火になっている様子だった


「むぁぁぁぁぁぁ!!!」

「んぉぉぉぉ!!」


会長が自らのTENGOを激しく手で擦ると、まるでガスに引火したかのように「ボッ!!」という音と供にオーラの勢いが強くなった


「アプリ坊ゥゥゥゥ主!!!」


そして居酒屋風の部屋に閃光が走った







珍海が目を覚ますと、そこは自分の家だった。隣には犬馬のり子が「全裸」で寝ていた。タオルケットが少しずれ、はだけていた


「ああもう、しょうがねーなこいつ」

「こんな格好で・・」


まるで我が子を見るような眼差しで、「やれやれ」といった感じで優しい顔になる。


「・・?」


股間のTENGOがそそり起っている事に気づき、


「・・・・」

「さて・・・」

「次の相手は・・」


心になにか引っかかる物を感じた珍海だった。が、今はそれどころでは無い


「流布・・良子・・」


珍海が端末を操作し、次の対戦相手をリサーチする


「なになに・・能力は・・」

「海賊王になれる能力・・か・・」


跳流田高校(はねるだこうこう)の流布良子(るふりょうこ)は「ルフィー」のニックネームで知られる有名人だ。相棒の

二時之次 三時 (にじのつぎ さんじ)は、かなりの使い手と聴く。


「がんばっていってみよー!」


珍海が「シャッッ!!」と窓のカーテンを勢いよく開ける


「うーん・・・」

「・・まぶしいっつーの・・」


犬馬が寝ぼけた感じで目を覚ます


「行こうぜ!!」


珍海が思い切りの良い笑顔で手を差し出す


「うん・・」


犬馬のり子も愛くるしい笑顔でその手を取った


















































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