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「常盤さんは? どうして今の会社の社長になられたんですか?」

「聞きたいかい?」

「是非とも」

 常盤さんは一度微笑んでから、もったいぶるように一口マティーニを含む。その余裕さが似合うのが羨ましいような、憎らしいような。

「私は昔ね、ただの営業マンだったんだよ。普通のどこにでもいるね」

「そうだったんですか?」

 全然想像がつかない。常盤さんが営業で走り回っている姿とか。

「それなりに充実していたんだけど、いろいろ辛いこともあってね。辞めたいと思うことも何度もあったよ。けれど辞めたら生活していけないし、頑張らなきゃって思っていて。そんな時にね、とある社長と出会ったんだ」

 そう言って言葉を止めた常盤さんの表情が一層穏やかになる。

「その人は大企業の社長でね、本当に偶然、飲み屋で席が隣になっただけなんだけど、私の話を聞いて言ったんだ。何のために働いているんだ。人生は一度しかないんだぞ、自分が求めるままに生きてみろってね。人生は辛いことの連続だ。それをどうやって乗り越えるかは自分次第だろって言われてさ。格好いいなぁって思ったんだよね」

 だから、と続けた常盤さんは、くしゃりと表情を和らげた。

「私もこんな風に生きてみたいって思ったんだよね」

「恰好いいですね」

「でしょう? だから私も、私がしたいことをしようと決めて、退職して会社を作ったんだ。大博打だったけど、勝てて良かったよ」

「もし負けていたら?」

「それはそれで受け入れたかな。私の選んだ道だから」

 そう言い放つには、いささか自身に満ち溢れた表情だけれど。

「ふふ、さすが常盤さんですね」

「惚れ直したかい?」

「惚れた覚えは一度もありませんけど?」

 憧れた覚えは何度もあるが。

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