先生と破壊の神(その5)
「母さん! 俺だよ、ルシファーだよ!」
ルシファーの叫びが、金属の大地に反響する。ディミオスにはルシファーの声が聞こえていないのか、整った顔には何の表情も浮かんではいなかった。
「ディミオス将軍、あなたの力を教えて差し上げなさい」
「御意!」
タドミールの言葉に、金髪をなびかせて突撃を開始するディミオス。ユニコーンが宙を舞って、ヒュドラに接近する。
「やめろ!」
ルシファーは、母親への攻撃をためらってる。
「フェンリル、止めて!」
見かねたソフィアが、灰色狼を動かした。飛び掛かるフェンリルを避けることなく、ユニコーンとディミオスは、突進する固まりとなって突き進んだ。
ドンと鈍い音と共に、狼は跳ね飛ばされた。くるくると回転しながらクリスタルのテーブルに激突する。こなごなになったガラスが飛び散り、キラキラとシャワーのように降り注いだ。
「うおおおーっっ」
雄叫びを上げながら女騎士はヒュドラに向けて剣を振り下ろす。首の一つが簡単に切り落とされ、地面に落下する。返す刀で、横の首も一撃で切り落とすディミオス。その動きに無駄はなく、華麗に舞い、素早く切り落とす。
そうだ! ヒュドラの首には再生機能があったはずだ。リリスドリーム戦では、完全に切り落とされはしなかったが傷が塞がって再生していた。今回も……
「イオラーオスの
タドミールがそうつぶやくと、彼女の手元に赤い弓と矢が出現した。
「えっ! それ私のスキルですぅ」
そう、今度はカルラのスキルがコピーされた。タドミールが矢を放ち、正確に切り落とされた首の切り口に命中していく。
このままじゃ、ヒュドラがやられちゃう。なんとかしなきゃ!
「カルラ、赤い矢を打ち落として!」
「はい、氷の矢っ」
カルラが透明な矢を何本も放った。飛んでくる矢を打ち落とすのはかなり難しそうなのだが、それでも一心不乱に矢を放ち続ける。ヒュドラの間近で攻撃する矢と防御する矢が交錯する。
「
ヒュドラの攻撃に集中しているタドミールの隙をついて、白蛇が再び襲い掛かった。テーブルに叩きつけられたフェンリルもようやく起き上がって、ディミオスとユニコーンを追う。反応が遅れたタドミールに夜刀が巻き付き、タドミールの蛇に食らいついた。戦いは一転混戦模様となってきた。カルラもフェンリルも夜刀も頑張っている。私は、ぼぉーっとしているルシファーさんの所に駆け寄った。
「ルシファーさん、ディミオス将軍はあなたのお母さんなんですか?」
「ああ、まさか、生きていたなんて」
「だったら、お母さんを助けましょう! タドミールを倒すんです」
「どうやってだ? 母さんは俺のことを忘れている。タドミールを倒すには母さんを倒さないといけない。そんなこと俺には……」
「諦めないで下さい! きっと方法はあります。あなたは魔界の王なんでしょ!」
ルシファーさんは、驚いたような表情を浮かべた。
「ふん生意気な口を利きやがって、人間の小娘が。だが、礼をいうぞ。さあ戦いに集中しろ!」
よかった、ルシファーさんの目に力が戻って来た。私も、私に出来ることを精一杯やってみんなを助けたい。
「もう一度ヒュドライージスだ!」
「エヴァ、使い魔を下げろ!」
「わかりました、下がって夜刀」
グングニルの槍に巻き込まれるの防ぐため、スルスルと夜刀が巻き付いていたタドミールから離れる。
「よし、打て!」
ヒュドラの残っていた四つの頭が口を開け、銀色の槍が放出された。今度は全てタドミールに向かう。
「何度やっても無駄ですよ! 天使の棺!」
強力な結界がタドミールを包み込み、命中した銀色の槍が砕け散っていく。三本の槍が砕け散り、四本目の槍が結界に突き刺さった。ほんの少しだけ切っ先が結界の内部に入ったその瞬間、槍の先端から白いガスが噴出した。閉ざされた結界の内部をガスが満たしていく。
「ぐわあーっっ!」
神を自称するAIが苦悶の声をあげた。
「HFO―ハイドロフルオロオレフィン―ガスの味はどうだ?」
ルシファーさんが口にしたややこしい名前のガスは、確か高熱になったヒュドラを冷やすのに使ったんだった。結界の密閉性を逆手に使ったのか。考えたわね。
「かすみ、今だ! 炎の矢を!」
「はい、カルラ、タドミールにイオラーオスの松明を!」
凍り付いて明らかに動きの鈍くなったタドミールに向かってカルラが赤い矢を放つ。結界は消え失せ、冷たい体を高温の矢が襲う。
――シュン
空気を切る音がした。
大量の赤い羽根が空に撒き散らされている。コントロールを失ったカルラの体が真っ逆さまに墜落していく。無惨にも翼を切り裂かれたその体は、硬い地面に触れると同時に光の粒子となって消えた。
「カルラーっ!」
カルラが…、声を発することもなく消えてしまった。頭が混乱している。まさか、ディミオスが? ディミオスとユニコーンはフェンリルと戦闘中だった。
「夜刀ーっ!」
白姫先生の悲鳴。夜刀の体はズタズタに切り裂かれていた。傷口から赤い血が噴き出している。くるくると体を丸め玉のようになったと思うと光となって消えた。
カルラに続いて夜刀までいなくなった。私は思い出した。ルシファーさんが頬に怪我をしたときのことを。ルシファーさんに対するタドミールの攻撃は目に見えなかった。攻撃が行われたのかどうかも確かではない。
タドミールを覆っていた炎と煙が薄くなり消える。そこに彼女はいなかった。ユニコーンの翼がバサバサと音を立て地面に降り立つ。乗っているのは、ディミオスではない。ディミオスの持っていた剣を持ち、一角獣にまたがっているのはタドミールだった。剣には新鮮な血液がべっとりとついている。
「一体、どうなっている? 体制を立て直せ、来るぞ」
ルシファーさんも困惑しているようだ。目の前で起こっていることを理解できないのはみんないっしょだろう。
「先生、こっちへ」
夜刀を失って蒼白になっている白姫先生の所へ行き、少し離れた場所へ連れて行く。
「夜刀が……、夜刀が、消えちゃった」
震えている先生の手をギュッと握る、私に出来るのはこれくらいだ。どこから現れたのかディミオスがユニコーンに乗ったタドミールの側に立っている。その手には赤い弓と矢が握られていた。
「神に逆らうとどうなるか理解できましたか?」
やれやれと言った感じでタドミールが言う。
「母を返せ、タドミール」
「返せ? これは異なことを。私は奪ってなんかいませんよ。先の天使と悪魔の戦いのさなか、彼女は自ら虚無の世界に身を投げたのです。私のもとに来たのは――そう、あなたたちの言葉を使うなら『運命』というやつでしょうね。『運命』には従うしかないのでしょう? 違いますか?」
「運命など、知るかあっ!」
ヒュドラの口の中で銀色の光が集まっていく。グングニルの槍が作られようとしているのだ。
――ぐらり、ヒュドラの体が大きく揺れた。ズンという音とともにヒュドラの前足が折れ体が大きく傾く。ゆっくりと大木が倒れるように、灰色の巨体が横倒しになっていく。
首が――ない。
残っていた四本の首は全て切断され、地面に転がっていた。タドミールは同じ場所にそのままの姿勢で突っ立っている。ただ、彼女が握る長剣からは、新鮮な血液がぽたぽたと滴り落ち、血だまりを作り始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます