先生救出作戦!(その7)

 

 ヒュドラが、攻撃を開始する前に先手を打つ。フェンリルは冷めたヒュドラの体をかけ登り、一つ目の首を鋭い爪でざっくりと切り裂いた。


 「カルラ、『イオラーオスの松明たいまつ』を打ち込んで!」


 「はーい、了解でーす」


 カルラが、赤い弓で、赤い矢を放つ。ヒュドラの切り裂かれた傷口に命中した矢は、高熱のエネルギーを発してヒュドラの傷口を焼き付くした。

 『イオラーオスの松明』は、カルラが新しく習得したスキルで、攻撃対象の傷が回復するのを防ぐ効果がある。ギリシャ神話で、ヘラクレスがヒュドラの首が再生するのを防ぐために、甥のイオラーオスに、松明で切り口を焼かせたと言う話に由来する。

 赤い矢で焼かれた首はだらりと垂れ下がり、動かなくなった。フェンリルが切り裂き、カルラが矢を打ち込む。次々と首が討ち取られていき、残り三本となった。


 「そうか、そうか、そうでしたのね……」


 常闇さんが独り言のように何かぶつぶつと言っている。


 「ファイアウォール作動!」

 

 常闇さんが叫んだ。


 (しまった! 気付かれ……)


 山田先生との通信が途切れた。

 

 「ソフィアさん、あなただけの力でここまでの事ができるはずがないと思ってましたの――『先生』がいらっしゃるのね。『先生』が」

 

 私達の先生、とはどういう意味だろう? 常闇さんの作動させた情報隔壁ファイアウォールで山田先生との通信は途絶えた。確認する方法がない。

 

 「ヒュドライージス!」

 

 三つの首から金色の矢が発射され、フェンリルへ向かう。無駄だ!、デコイポータルへ飲み込まれていく矢。フェンリルが再びヒュドラに接近し、更に二つの首を切り裂く。すぐにカルラが『イオラーオスの松明』を傷口に向けて打ち込む。残り一つの首から迎撃の矢が発射されるが、やはりポータルに飲み込まれた。

 炎の矢が、傷を焼き尽くし首が動かなくなる。とうとう残る首は一つとなった。

 

 「フェンリル、最後よ!」

 

 灰色狼が、残った首へ襲い掛かる。首を切り裂いた、と思った瞬間、狼の体はヒュドラの首をすり抜けた。

 

 「えっ?」

 

 態勢を立て直し、再度攻撃するが、今度も何も存在しないように反対側へ通り抜けてしまった。

 

 ビュンと風を切る音がした。フェンリルが弾き飛ばされる。

 

 「フェンリルーっ!」

 

 くるくると回転して地面に着地するが、上手く立ち上がれない。ダメージを負っているのだ。どこから攻撃されたのか全く見えなかった。

 

 「カルラ、お願い!」

 

 カルラが、赤い矢を放つ。矢は、首をすり抜け地面に突き刺さって燃える。

 

 ヒュンと風を切る音

 

 「キャーッ!」

 

 カルラが悲鳴を上げる。赤い羽毛がばあっと飛び散った。羽を何かで貫かれたのだ。それでもなんとか浮かんでいる。

 

 「さあ、どうしますの? ソフィアさん、先生はもういなくてよ」

 

 (山田先生! お願い応答して!)

 

 必死に呼びかけるが答えはない。自力でなんとかするしかない。

 

 ビュン、また音がした。フェンリルが気配を察知し飛び上がる。ドーンと地面に何かが叩きつけられ、穴があいた。微妙な空気の変化を読み取り攻撃をかわす、さすが私の使い魔だわ。この見えない敵の正体は一体――。


 そう言えば先生が言ってた、マジックサイバースペースではプログラムされていない魔法は使えない。魔法をプログラム化するには現実世界の科学技術に基づいてなければならないと。

 つまり、理由もなく姿が見えなくなる魔法はあり得ない、必ず仕掛けがあるのだ。


 「かすみ、フェンリルとカルラへ指示をお願い!」


 「えっ! いきなり!」


 ムチャぶりは承知だが、今は仕方がない。


 「うーん、カルラさん、フェンリルの背中に乗って二人で逃げて! 音がしたら矢を放つの」


 なるほど、空気の振動を感知できるフェンリルの力に、今は期待するしかないってことか。


 ヒュッ、と音がした。ピョンと飛ぶフェンリル。わーっと慌てるカルラが矢を放つ。見えない敵の一撃はカルラの羽根をかすめたらしく、羽根がひらひらと舞い散る。カルラの矢は何もない空間を飛んでいったが、ほんの一瞬、後ろの風景がユラユラと揺らめいた。


 ――空間が揺らめいた? 光が曲がる?


 まさか、三次元メタマテリアルを使っているの?


 三次元メタマテリアルとは、真空を進む光の屈折率よりも低い屈折率をもつ新しい人工物質だ。光の屈折率をコントロールすることで、見えなくなる。この物質で包まれれば透明になれる。いわゆる「光学迷彩」と言うやつだ。物理の家庭教師から教わったことがある。


 だとすると、対処法は――


 急いで、地面に魔方陣とプログラムとなる魔法式を書く。山田先生が万が一の場合にと、教えてくれた方法だ。


 「魔法式、起動!」


 キラキラとした光が魔方陣の上に集まっていき、透明なボールが出来た。プログラムボールだ。初めて作ったけど上手くいくかしら? ボールに口付けすると光が拡散し、銀色の槍に姿を変えた。


 「行け! グングニルの槍弐号にごう


 槍を手につかみ天に向かって投げる。シュルシュルと上昇していく銀の槍。ピーンと音波を放つ。本物のグングニルの槍は魔法の力でどこまでも目標を追って行くが、私の槍はアクティブソナー搭載型だ。潜水艦の魚雷の応用で、音波を相手に当てて場所をつかむ。姿は見えなくても、そこにいる限り音は跳ね返すからだ。


 速度を挙げて大空を旋回していくグングニルの槍。


 「行けーっ!」


 私、かすみ、白姫先生、カルラ、フェンリル、みんなの思いをのせて銀色の槍が突き進む。


 閃光が走った。続いて爆発音。もくもく煙が立ち上ぼり、細長い姿をした何かが、落下してくる。姿を現した見えない敵の正体は、ヒュドラの首だった。そのまま地面に叩き付けられた首は動かなくなった。


 ギリシャ神話におけるヒュドラ最後の首は不死だったと言う。常闇さんのヒュドラは、最新科学の力で透明になった見えざる敵だった。本体から首だけ切り離し「光学迷彩」をまとい姿を消した。立体映像ホログラムの首をダミーとして残し攻撃させる、そんなカラクリだったようだ。


 ウィーン、ウィーン


 サイレンが鳴り響く。


 「緊急事態です。緊急事態です。リリスドリームの自己崩壊システムが起動しました。全員速やかに退避してください!」


 女性の声でアナウンスが流れる。


 「常闇さん、何が起こってるの?」

 

 呆然と立ち尽くしている常闇さんに問いただす。


 「ヒュドラ最後の首は、リリスドリームの秘密を守るためのセキュリティーシステムを搭載してますの。首が破壊されると自動的にシステムが起動してこの世界は崩壊しますわ」


 「崩壊って、なんとかしてよ!」


 「いいえ、一旦起動すると私にも止められませんの。ただ、私のヒュドラを倒した皆さんには敬意を払ってこれを差し上げますわ」


 常闇さんがそう言い終わると、全員の手もとにプログラムボールが現れた。


 「さあ、最後の口付けを、ごきげんよう……ああ、そうそう先生にお伝え下さる。楽しかったって」

 

 常闇さんが、指をパチンと鳴らすと平原は消え去り、元のお城の広間に戻っている。広間の椅子には、ぼーっとした藤堂がボールを持って座っている。常闇さんの姿は見えない。天井や床が砂のようにさらさらと流れ落ちて消えていく。時間がない。


 「かすみ、白姫先生をお願い! 藤堂、言う通りにしろ!」


 ぐったりしている白姫先生は、かすみが、ポンコツになった藤堂には、私がそれぞれボールにキスさせた。最後に自分たちもボールに口付けをしてリリスドリームに別れを告げる。


 それにしても、常闇さんは一体何者だったのだろう?


 吹き抜ける風を感じながら、そう思った。

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