先生と黒髪美少女(その3)


 部屋の扉が少し開きました。


 「待っておったぞ、入るがよい」


 姫様の弾むような声に導かれて、急いで部屋の中に滑り込みました。部屋の中央には、天蓋付きのベッドがあり、柔らかな光で照らされています。


 「何を突っ立っておる、苦しゅうないぞ、こっちへ来るのじゃ」


 姫様に手を引かれ、一緒にベッドへ。緊張して足がもつれてしまいました。そのまま、二人はもつれあって柔らかい布団の上に倒れ込みました。


 「わわわ、すいません! 先輩、じゃなくって姫様」


 姫様の体はとっても柔らかいです。そのまま、姫様の胸に顔を埋めて、息を吸い込みました。とっても落ち着く匂いがします。


 「こ、こらっ! 一花、くすぐったいではないか」


 姫様は、体をモゾモゾとよじりますが、離れようとはしません。むしろ、私の背中に手を回して強く引き寄せようとしてるようです。


 私のくちびるが、姫様の小振りな膨らみの先端に何度も触れました。そのたびに、姫様の体がびくっと震えます。


 「うっ、くすぐった……い、ん、ふう」


 姫様の息が荒くなっていき、胸が大きく上下しています。わたしは次のターゲットを、姫様の首筋に定めました。これまでの経験で、どこが効果的が知ってたからです。


 姫様の肩を両手で押さえつけながら、首筋にくちびるを軽く押し当てました。


 「はうっ! やめ……うふう」


 かわいい、もっと、もっとしてあげますね。先輩にしてあげたかったこと、いっぱいいっぱいしてあげます。


 その時、一瞬のすきをついて姫様のくちびるが、わたしの耳に触れました。

 

 そこはっ――!


 「はあっ! だめっ、んんん」


 声を我慢できませんでした。一瞬で、頭が真っ白になります。好きな人にしてもらうだけで、こんなに気持ちいいなんて知りませんでした。


 はあはあと、お互いに荒い息をしながら見つめ合いました。姫様の潤んだ瞳が、私に夢中になっている証拠だと思いました。あとは、私のくちびるで姫様のくちびるを塞ぐだけです。


 姫様を、いや、かすみ先輩を完全に私だけのものにする儀式を始めます。私だけのものにしたあとは、二人だけの世界で生きていきましょう。ねえ、せんぱい。


 先輩のくちびるに私のくちびるが重なりあった、その瞬間、まるでロウソクの炎が消えたように、ふっと意識が途切れました。

 

 えっ! なんで?


 再び目を開けると、そこは常闇さんのお屋敷の客間でした。常闇さんと私は、相変わらず向かい合って座っています。くちびるにはまだ、柔らかな感触が残っていました。


 「お帰りなさい、藤堂さん。いかがでしたか? リリスドリームの世界は。ご満足頂けたかしら?」


 ご満足? いちばんいい場面で終わらせておいてそれはないでしょう。


 「あら? 何かおっしゃりたいことがあるようですわね。分かりますわよ。これから良いところだったのに、なぜ? っていうお顔されてますもの」


 心を見透かしたような言い方に軽い不快感を覚えました。


 「常闇先輩、一体なんのためにこんなことやってるんですか? 何が目的なんですか?」


 思わずきつい言い方になってしまいました。思った以上に苛立っていたようです。


 「これは、ビジネスですわ。私はね、藤堂さん。リリスドリームをもっと多くの人に使ってもらいたいの。もちろんビジネスだから、対価は払ってもらいますわ。でもそれだけの価値はあるはずですわ」

 

 「対価って、お金ですか? お金儲けしたいんですか?」


 「そうね、お金をたくさん持っている人はお金を頂くのもいいかもしれない。でも今はお金は必要ありませんの。今、私が欲しいのは魔法力ですわ。だから、最近のお客様には魔法力を頂いてますの」


 魔法力が対価? まさか、魔法が使えなくなった生徒たちは、このサービスの対価として魔法力を支払ったんでしょうか?


 「うちの学校の生徒から魔法力を奪ったんですか? サービスの対価として」


 「奪ったんじゃなくってよ。あの子達は、私のサービスを必要としてましたわ。私は決してサービスを利用することも、支払いも強要してなんかいませんわ。あくまでもあの子達が自分の意思でやったことですわ」

 

 「でも、あの生徒たちは自分たちがなんで魔法力を失くしたのか覚えてないんですよ。理由がわからないからとっても苦しんでいるんですよ、それってフェアじゃないですよね」


 「記憶を消したのは、このサービスの邪魔をされたくなかったからって言ったら納得して頂けるかしら。たとえ支払いの時点で納得していたとしてもね。人間っていうのは勝手な生き物なの。あの子たちは自分の魔法力を全部使いきるまでサービスをやめようとしませんでしたわ。やめるチャンスは何回もあったのに」

 

 「だからって記憶を消すなんて、やっぱり良くないです」

 

 しばらく気まずい沈黙が続きました。それでも常闇さんは真っすぐこちらを見ています。

 

 「わかりましたわ、あの子たちの記憶は戻しましょう。魔法力も時間がたったら少しずつ回復しますから、いずれ魔法は使えるようになるでしょう。それでよろしいかしら。それから、これはお願いですけど、リリスドリームのことは学校には言わないください、いろんな人に使ってもらえるいいサービスにしていきたいと思ってますの」

 

 そう言って常闇さんは、私に向かって頭を下げました。

 

 「お願いします……」

 

 正直、わたしはこういうのにからきし弱いのです。可哀そうって思ってしまいました。

 

 「生徒たちの記憶を戻してもらえるなら考えてみます」

 

 「ありがとう、藤堂さん。明日、記憶をなくした生徒たちを連れて談話室へ来てもらえるかしら。そうしたら、記憶を元に戻しますわ」

 

 「わかりました。明日ですね。それから、私もサービスを受けたので対価はお支払いします、どうしたらいいんですか?」

 

 常闇さんは、少し驚いたような表情を浮かべました。

 

 「今日の事は、私が勝手にやったことですから、お支払いはいりませんわ。初回サービスって思ってくださる」

 

 少し、後ろめたい気持ちを抱えながら常闇さんのお屋敷を出て家路につきました。家についてからも、かすみ姫と過ごした時の事ばかり考えてしまいます。だめだめ現実じゃないんだからと頭から追い出そうとしますが、しばらくするとまた思い出してうっとりとしています。

 

 翌日、とりあえず話を聞いてくれた生徒三人を連れて談話室へ来ました。事情が細かく説明出来ないのでかなり手こずってしまいました。とにかく何を見たのか記憶をもどせるからと説得したのです。

 

 談話室では、常闇先輩がすでに待っていました。三人とも、やっぱり常闇先輩のことは覚えていないようで、戸惑っているようでした。

 

 「フラグメントゥム メモリアム 戻れ失われし記憶よ」

 

 急がないといけないと感じたのでしょう。常闇先輩はすばやく呪文を唱えました。

 

 三人は、しばらくの間、固まったように無表情になっていましたが、やがてそれぞれ泣き始めました。

 

 「ううっ、会いたいよ」

 

 「常闇先輩、お願い、もう一度だけ会わせてください! 支払いはしますからっ!」

 

 「なんで? なんで忘れてたの? うえーん」

 

 三者三様の言葉で、せつない気持ちを訴えています。

 

 「もう、あなたたちにはサービスが提供できそうにないの、理由は藤堂さんが知ってらっしゃるわ」

 

 うわっ、そう来ますかー! これはマズいことになりそうです。

 

 「どういう事? 藤堂さん説明してっ! リリスが必要なのっ! なくなると困るのっ!」

 

 「そ、それはっ……、魔法力で支払いなんてよくないって言うか……」

 

 「大きなお世話よっ! 魔法力は少しづつ回復するんでしょ! 記憶が無かったから相談しちゃったけど、思い出したわ。リリスドリームがどれだけ素晴らしいか」

 

 恐らく、常闇さんはこうなることを予想していたのでしょう。被害者と思えた生徒たちはリリスドリームの熱狂的リピーターでした。自分のやっていることが、正しいのかどうかよくわからなくなってきました。

 

 残りの生徒についても、常闇さんが記憶を戻しましたが同じ結果でした。程度の差はありましたが、魔法力を対価として支払ったことを後悔している人はいなかったのです。さらに生徒たちは、じゃこるんに調査の中止を申し出ました。やがて生徒達は少しづつ魔法力が回復していき魔法が使えるようになっていったのでした。

 

 私は、チームのみんなにリリスドリームのことを言えないでいました。他の利用者がそれを望んでいないということもありましたが、最大の理由は――

 

 かすみ姫にどうしても、もう一度会いたい!

 

 自分の気持ちに嘘を付けなくなっていました。


 

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