切り裂きジャック-狼に育てられた少年-

わんこそば

mission1

「う、動くな!こいつを爆破するぞ!」



知り合いに何度「あなたって運が無いですね」と言われた事か……

俺に運とか奇跡とかそう言った類いは存在しないにも等しい。

産まれて16年と半年以上、俺はあらゆる事を経験して来た。

両親を目の前で殺される事から始まり、両親を殺されて直ぐの7歳から病院のベッドで目覚める11歳までの記憶欠如、気付けば戦場で武器を握って戦って、ある女に拾われ傭兵として育て上げられ今に至る。

本を書いたら遊んで暮らせると言われた程だ。

けど、俺には本を書くより戦場に出る方が性に合う。

だからこうして今回の依頼主のもとへ向かっていたのだが……こうしてハイジャック犯が爆弾を抱えた場面に遭遇してしまった。



これをどうしろと先ずは言いたい。

武器なんか飛行機で持っていない。

装備なんてこんなところで着る訳にもいかないから私服。

その上、ハイジャック犯はかなり重武装。

例えるなら羊の群れに狼が現れた状況。

しかも、牧場の柵の中で逃げ場は無い。

日本の将棋で言うなら「王手」である。

チェスなら「チェック」されている。

どうしようも無い。負けが確定している。



けど、俺はその詰みの状況に何度も放り投げられてきた。

将棋やチェスの詰みの盤上を何度もひっくり返して来た。

たった一つの手を奇跡的に見つけるのでは無い。

自分自身でカウンターを狙って生き残ってきたのだ。

今思うとそんな状況に放り込む飼い主あのおんなは容赦無い……本当怖い。



今回の容赦の無さには背筋が震えた。

強引に日本に行けと社長あのおんなに命令され、空港まで向かえば事故による渋滞に巻き込まれ、一便遅らせて乗った飛行機が上空でハイジャックされる。

更にはハイジャック犯は自身に取り付けられた爆弾のスイッチに手を掛けている。



「おい、早くしろ!時間ねぇんだぞ!」


「そんな事分かっている!おい、機長を出せ!」



爆弾男に操縦室前で怒鳴り散らす2人。

彼等は何の為に日本行きの便を狙ったのだろうか?

焦りを感じる程怒鳴り散らし操縦室へ繋がる扉をこじ開けようとしている。

そこまでしてこのハイジャックを成功させたい理由は今回の依頼と何か関係が深そうだ。

けど、依頼内容は一切知らされていない。

あの女に「お前に依頼があるそうだ、行って来い」とだけ言われ、無理矢理送られたのだから確認のしようも無い。

依頼内容を伝えなかったのは絶対俺が断る内容だからなのは間違い無い。

本当……何故嫌な仕事ばかり押し付けるのだろうか。

まぁ、何かある度に嫌だと言ってきた自分を恨むべきか。



けど、ヤバイな。あの3人の装備は米軍装備。

AR16系のライフルにハンドガン(ベレッタM9)、しっかりと防弾のプレートが入ったタクティカルベストまでしっかり着込んでいる。

大方、装備更新で要らなくなった装備を安く売り出していたのを買い叩いたのだろう。

ここまで良い装備された敵を見ると逃げ出したくなる。

なぜ俺は日本に送られたのだろうか……



けど、このままだとパラシュート無しでスカイダイビングをする羽目になりそうだ。

海面に叩き付けらるのは想像はしたく無い。

仮にもしそうなったら生きてる自信は無い。

だが素手であの3人とは殺り合いたくは無い。



「おい!お前何見ている!」



チッ……

前に気を取られていたせいで後ろを良く確認していなかった。

見えないが、アサルトライフルを頭に向けているのは間違い無い。

まさかテロリストは4人いるとは。

さて、どうする

1対4とか勝てる気がしない。

なら荒立てないようにするべきか。



「す、すいません。前が騒がしかったもので……」


「お前も人質という事を忘れるな。ほら、立て」


「は、はい」



チッ、駄目か。

まぁ、こんな演技したところでどうにかなるとは思ってなかったが。

だが、どうする?

武器を奪って殺すという手がある。

だがそうすると、今回の依頼主になんて言われるか分からない。

殺さずに捕らえる……無理だな。

殺ししかしてこなった俺には到底無理。

こんな事ばっか言ってるから無理矢理送られたと言うのに……

ならいっその事、相手の油断誘ってみるか?



「た、立ちました」


「よし、こっち向け」



素直に席を立ち上がり、テロリストの方へ振り向く。



「こ、子供?」



ここまで警戒を解かれるとは思わなかったが好都合。

足を払い転倒させる。

ゴトンッ!と大きな音を上げ俺の1.3倍位の体格の男が無様に転けた。

けど、ここで反撃を受けるのもマズイ。

上に乗っかりマウントポジションを確保し、口を無理矢理押さえながら首を圧迫した。



「んんー⁉︎……」



凄い抵抗するが、段々意識が遠のいたのか徐々に動きが鈍くなり、動かなくなった。

これで1人殺……いや落とした。

慣れと言うのは怖い。

日本では殺しは出来ないと思えと言われてる以上、下手に殺せば間違い無く後に響く。

だから、殺さずに捕らえる。



「おい、何の音だ?」



やっぱりさっきの抵抗された音で気付くか。

しかも近づいて来たのは爆弾を抱えた男。

ここで来て欲しくは無かった。

むしろ最後にして欲しい。



「お、おい⁉︎」



俺に気付いた男はスイッチに手を掛けている手とは反対の手でベレッタを出すと俺に向けた。

けど、同時に俺も気を失った奴のホルスターからベレッタを抜き、向けると同時に発砲している。

響く金属音。

男が持ったベレッタが粉砕したのがよく分かる。



「ぐっ……」



一瞬の判断で男の持ったベレッタの銃口を撃ち抜いたのは良いのだが、こんな簡単に発砲したら後で怒られるのは間違い無い。

あの女の事だ。

罰として激戦区に送るだろう。

いや、また厄介な仕事を押し付けるだろうか?

覚悟しておかないとこっちの気がもたなそうだ。



「近付くな!こいつを爆破するぞ!」


「やれよ」


「えっ……?」


「やれるんなら押せば良い」



どうやら気付いていないらしい。

俺はあの一発で銃口を抜いたと同時に、破壊された破片でスイッチから爆弾へと伸びる導火線を断線させている。

男がいくらスイッチを押そうが反応はしない。

信号を送る大元が無い以上、爆破させるには直接信管を破壊しなければならない。



「どうしてだ⁉︎反応しろ!この!」


「今だ!取り押さえろ!」



今のは俺では無い。

一瞬で無力化された男に日本語で叫びながら飛び付く乗客達。

普段から英語を話してた俺は懐かしく感じる。

いや、元が日本人なのだから懐かしく感じないと死んだ両親に怒られそうだ。

とは言っても顔は覚えて無い。



今まで日本に居た時間は生きてきた人生の半分も無い。

しかも幼少の頃の7年と3年前の仕事で来た3ヶ月だけ。

それまで英語、ロシア、中国、イタリア、ドイツなど無理矢理叩き込まれた言語を駆使していた。

多分一番よく使ったのは英語だろう。

日本語など、あんな一部地域限定でしか使え無いと話す機会など滅多に無い。



「よし……後はあの2人だけか」



捕まった男の懐からベレッタの予備マガジンを抜き取ると、今入ってる残弾全てをアサルトライフルの排莢口に目掛け銃撃、変形させてぶっ壊す。

これで乗客やハイジャック犯が撃つことは不可能だ。

一応、マガジン全てを回収しておく。

こうでもしないと、やけに正義感強い奴が何を仕出かすのか分からない。

素人程武器を使うのは危険。

それは素人が二次被害を作り出す危険性が大きいからだ。

撃った反動で別の乗客が怪我したとなれば皺寄せが俺に来る。

特に3年前に起きた事で俺は社長に怒られた。

だから今回はちゃんとしよう。



「君、日本語は話せるかね?」


「えぇ、ある程度なら」


「驚いた。流暢な英語に日本語か……いや日本人だから日本語は話せて当たり前か」



そんなに驚く事なのだろうか?

俺の周りには何ヶ国語も話す奴がゴロゴロしているから感覚が鈍っているらしい。



「私は本間魁斗(ほんまかいと)、医者をしている者だ」


「理由があり、名は明かせない。今はジャックで通している」


「じゃあ、ジャック君。ちょっと耳を」



目の前の医者と名乗る男に言われ、耳を貸す。

すると本間といった男は小さく俺以外には聞こえないような大きさで驚く事を呟いた。



「私は闇医者だ。何かあったらここに連絡しなさい」



小さな紙を渡される。

そこには携帯電話の番号と住所が書かれていた。

どうやら、この男は俺が裏の世界の人間だと直ぐに分かったらしい。

裏の世界に生きる勘というやつなのだろうか?

いや、ハンドガンを撃った事でバレたんだろう。

あれを見られなければちょっと強いぐらいの子供に見られる筈だ。

しかし、闇医者か……

前は怪我なんてしなかったから気にしなかったが、念のためにも覚えておこう。



突然ガクンと揺れオートパイロットが機体の高度を下げたのを感じた。

日本の領空内に入ったのか?

だとしたら時間が無い。



「この2人は私が見てる。行きたまえ」



頷き、俺はベレッタとナイフを構え歩き出す。

ビジネスからファーストクラスを通り抜ける。

目標は操縦室。敵はテロリスト2人。

一対ニならまだやれる。

十分に勝ち目がある。



「ここか……」



操縦室へと繋がるドアは無理矢理こじ開けたような跡がある。

ライフルのストックを使って破壊したような跡だ。

操縦室を制圧した可能性が高い。

パイロットの命はあるかどうか知らんが、早くしないとビルとかに突っ込まれたらどうしようもなくなる。

平和の象徴になるなどあの女に笑われる事になる。

まぁ、操縦しているなら好都合。

銃を向ければ終わりだ。

歪んだドアノブに手を掛け慎重に開けようとした。

トラップは無し。



静かに開けようとした時、乾いた弾ける音が中から聞こえた。

間違いなく銃声だ。

威嚇射撃なのか、それとも仕留めるための射撃かは分からない。

静かに開けるのを諦め、思いっきり蹴り開けた。



「動くな!」


「見張りはどうした⁉︎」



俺に気が付いたハイジャック犯の1人は叫ぶ。

重武装した2人がやられるとは思っても見なかったんだろう。

その目は驚きを隠せていない。

そして片手にはベレッタが握られており、今の銃声はその銃だとよく分かった。

けど、どこに撃ったのかは見えない。



「潰した。諦めろ」


「ここで邪魔されてたまるかよ!」



男はベレッタをこっちに向けて今にも発砲しようとトリガーに指をかけた。

けど、トリガーに指を掛けるのが少し遅い。

少しだけ早く動く事が出来、ベレッタを持った手を蹴り上げた。

その瞬間銃声。

男の手からベレッタが離れるのも見えた。



「ぐっ………くそガァ!」



ほぼ死角から放たれるナイフ。

反応が遅れるも、ナイフでガード。

甲高い金属音が響く。

洗礼されたナイフ捌きに少しだけビビった。

あと少し遅れたら間違いなく脇腹に刺さった。

けど、今ピンチなのは俺ではない。

ベレッタのトリガーを2回引いた。

乾いた銃声が2発。

ベレッタで両太腿を撃ち抜き身動きを取れなくさせる。



「うがぁぁ‼︎」



倒れる男を尻目に辺りを確認した。

操縦席の横に血だらけで倒れる男の姿を見つけた。

機長か副機長かは分からない。

腹部に一発ってところか……

けど、応急処置してる暇などない。

こうしてる間にももう1人が俺を狙っているのだから。



「死ねぇぇ!」



奇声を上げながらライフルのトリガーを引く男。

銃口からこれでもかと言う具合に弾をばら撒く。

空いた席を盾ににしながら必死に回避するが、後ろでバシュ!と嫌な音が聞こえた。

気付けばフロントガラスが撃ち抜かれ気圧の違いからかガラスが吹き飛んで空の彼方へと消えていった。

そしてアラートが鳴り響く。

アラートは今日一番聞きたく無かった。

トラウマになりそうだ……



フロントガラスが吹き飛んだ事のアラートにビビったのか銃声が止んだ。

この瞬間を見逃す訳にいかなかった俺は咄嗟にナイフを投げていた。

ライフルを構えた男の右肩に刺さりライフルが地面に落ちた。

ここで終わればよかったのに、気付けば俺はハイジャック犯の頭に向けたベレッタのトリガーを引いていた。

ギリギリで気付いた俺は銃口を下にずらし、頭から外す。

だが膝辺りに弾が命中し、男はうずくまる。

この際、説教は大人しく受けよう。

けど今はそこでビビって小さくなっているパイロットをどうにかしないといけない。



「おい、なんとかしろ」


「殺さないで下さい……殺されないで下さい……」



チッ、こんな時に……

無線機を奪い取ると即座にスイッチを入れた。

相手はもちろん空港管制塔。

日本語か英語かで迷った俺は管制塔を信じて英語で話した。



「管制塔応答しろ。緊急事態だ」


「こちら管制塔。716便、どうしたのか説明をください」


「ハイジャック犯の襲撃に遭い、パイロット一名が負傷。もう一名は心身が乱れて操縦出来る状態じゃない」


「どう言う事ですか?あなたは?」


「状況により今は名を明かす事は出来ない。今はジャックと呼べ。分からないなら政府関係者にこの名を伝えろ。それよりも緊急で滑走路を開けて欲しい。オートパイロットが壊れているみたいだ。運転出来る自信が無い」


「了解しました。716便の緊急着陸を許可します。滑走路は3番です」


「了解した」



無線機を投げ捨てると俺は席に座ると無理矢理に操縦桿を握った。



……


………


…………



さっきまでの出来事を良く覚えて無い。

気付けば滑走路にタイヤも出さずに着陸していた。

出火している訳ではないが離れた場所から放水車の水を掛けられている。

良く生きていたものだ。

むしろオートパイロットがぶっ壊れた状況で操縦した自分を褒めたいぐらいだ……

でも、飛行機の操縦は2度したくはない。



まずはここから降りよう。

このまま居れば爆発するのではないかと思ってしまう。

操縦室から出て直ぐ横の開け放たれた緊急用の出口から外に出た。



「ようそこ日本へ。待ってましたよ、コードネームジャック。いや、不知火 空君」



降りて直ぐにスーツ姿をしたニコニコと笑う男性に迎えられた。

この先が思いやられる……

不安で仕方が無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る