廃校クライシス

@YuSatuMizu

廃校クライシス

 教卓の中に身を潜め、息を押し殺す。ぞわり、と背中に悪寒が走り、冷や汗が流れた。ドタドタと落ち着きのない足音が教室の中に響いている。まるで獣のような唸り声をあげながら“それ”は私のことを探していた。

 知性はあまりないのだろう。キョロキョロと教室を見渡していたが、私が隠れている教卓やロッカーなど隠れやすそうな場所には触れもせずに私を探して教室を出ていった。

「やっと行ったよ…」

 ”それ”が教室から去るのを確認すると、思わず安堵のため息が漏れた。気が抜けるとともにふつふつと怒りがこみ上げてきた。どうして私がこんなことに巻き込まれなければならないのだ。自分が置かれている理不尽な状況に私は顔をしかめ、恨み言を呟いた。



 私が”それ”に出会ったのはすっかり日の暮れた学校だった。

 新作ゲームの攻略に夢中になりここのところ寝不足が続いていた私は耐えきれず、五限目の途中から夢の世界に行っていた。

 ふと目を覚ましてみれば夕日の差し込む教室には誰も居なくなっていた。思った以上に寝過ごしてしまったと焦って帰宅の準備を進めていると、言い表しようのない違和感が私を襲った。

 学校が、怖い程にに静かなのだ。いつもなら部活動を行なう少年少女の声が響いている校庭は人っ子一人居ない閑散とした場所と化していた。時計を見ても下校時刻にはなっていないし、そもそも下校時刻になったならさすがに先生が起こしてくれるだろう。なにか異様なことが起こっていることを察知した私は一刻も早く自宅に戻るべくリュックを引っつかむと廊下に飛び出した。

 階段を二段飛ばしで駆け下りると、昼寝から起きて初めて人影を見つけることが出来た、この異常事態について何か知ってはいないかと声をかけるべく近づくと、ひどい匂いが私を襲った。思わず顔をしかめて人影を凝視すると、肉が腐り落ち、なんとか人型を保っているだけの、いわゆるゾンビのような”それ”が私の目に入った。こみ上げる吐き気を抑えながら私はとっさに近くの教室に逃げ込んだ。その足音で気付いたのだろう。足音らしき粘着音を廊下に響かせ、ゾンビらしき化け物は私の後を追ってきた。


 ゾンビらしきものが馬鹿だったから教卓に隠れるだけでやり過ごせたものの、本当に生きた心地がしなかった。

「しっかし、ここからどうしたものか」

 ゾンビの存在によっておちおち家に帰ることも出来なくなった私は困り果てていた。これがホラー映画だとかホラーゲームだとかなら武器を手に入れ、ゾンビをなぎ倒すのだろうがあいにくここは学校だ。そうそう武器になる物など無いだろう。

「ま、ダメ元で探してみようかな」

 そっと教室のドアを開け、ゾンビが居ないことを確認する。武器になりそうな物がある場所といえば倉庫だろうか。そう思った私は倉庫に向けて歩を進めた。

「うわ、鍵が開いてる。事務員さんそんな不用心な人じゃ無かったはずなのに…」

 少々不気味な思いをしながらも私はなんとか倉庫にたどり着いた。埃っぽい室内を見渡し、武器になりそうな物を探す。雑多に物が置かれた倉庫内には振り回すにはちょうど良さそうな物がかなりある。その中に私の目をひときわ引く物があった。私は見つけてしまったのだ。そう、伝説の武器、エクスカリバールである。

「な、なんというご都合主義だ。B級ホラー映画だって武器を自作するぐらいはするというのに…でもバールはよくホラーゲームでも出てくるし、武器としては割と優秀なのかも……」

 悶々とした思いを抱えながら私はバールを手に取った。武器があるだけで少々安心できる。私は何故学校の倉庫にバールがあるのかという疑問を押し込め、予備の武器になりそうな物やら懐中電灯やらをリュックに詰め込んだ。

 今の私に出来る最大限の準備が整った。あとはもう進むしかあるまい。

「よし、ゾンビなぎ倒して家に帰るぞ…!まだあのゲームクリアしてないんだ。だから早く帰らないといけないんだよ…!」

 異常な状況に置かれ、私はヤケになっていた。倉庫を出ると正門に向かって全力疾走する。門をくぐろうというその時、ゾンビが私の前に立ち塞がった。目の前の気持ちの悪い化け物に向けて私はバールを振り下ろした。するとゾンビはカエルが潰れたような声を出し、ピクピクと痙攣したあと動かなくなった。

「バール…強すぎ……」

 ひくり、と引きつった笑いが徐々に高らかな笑い声へと変わっていった。私の中で何かが振り切れ、目が据わったのが自分でも分かった。バールをもう一度構え、近くに居たゾンビを一通りなぎ倒す。意図せず笑い声が漏れた。未だに何が起こっているのかさっぱり分からないが、なるほど、こういう世界も悪くない。


 セーラー服にニーハイソックス。リュックの中に武器を詰め、バールを構えた美少女は、行く手を阻むゾンビ達をいともたやすくなぎ倒す。一日にしてゾンビの蔓延った街に少女の高笑いだけが響いていた。

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