さいごのつるぎ
しいなたま
第1話
かれこれ千年と少し。もう細かい事は忘れたが、前のご主人様と別れてそれくらいになる。
彼は、その昔名をはせた伝説の勇者だった。名をバトラーと言った。一度は耳にした事のある人もいるだろう。その勇往邁進、獅子奮迅の活躍ぶりは、歴史の教科書にも載っているかもしれない。時の大魔王ゲヨハルテとの死闘は、決して忘れることの出来ない特別な出来事だったし、その魔王を勇者と共に倒したのが、この俺、ダイオニスの剣なのだ。
この千年と少しの間、この事ばかり考えている。毎日毎日毎夜毎晩飽きないのが不思議なくらいだ。
だが、風の噂によると、今の世は、新しい魔王(名前はよく知らない)に支配されているそうだ。泣き叫び、絶望の淵にいる民の姿が目に浮かぶ。いまこそ俺の出番である。しかし――。
俺はいま、身動きが取れない。
なぜなら、地面に突き刺さったままだからだ!
残念ながら、勇者バトラーは目的を達成したのち、俺を次世代の勇者に託すために、この場所に俺を封印した。これだけは、彼のミスであろうと思う。どこかのお城に飾っておくなり何なりと出来たはずなのに。それか、百歩譲って、比較的浅いが複雑な構造のダンジョンの宝箱に入れておくとか。まあ、魔王が倒れて、平和になったという証でもあるのだが。
ここ、ズミシムの洞窟は、ゲヨハルテ城の南西に位置する、百階層からなる天然の地下要塞である。その最下層のいちばん奥に位置する小部屋に俺はいる。最近、地震が多く、ぱらぱらとヒカリゴケの死骸が落ちてくる。だが、微かな風を感じるので、洞窟が塞がってるということはないはずだ。塞がってしまったら、俺はもう陽の目を見ることは叶わなくなる。だから、誰か俺を抜きに来てくれ!
最近の冒険者たちの体たらくぶりには、目を開けてはいられない。誰もこの深奥なダンジョンに挑もうとはしない。あるいは、洞窟の存在すら知らないかもしれない。なんと腑抜けで不勉強であろうか。誰か、バトラーのような勇者とまではいかないまでも、気骨のある者は今の世にはいないのだろうか。
や、そんな事を独り言ちていたら、誰かやってきたようだ。この足音は、モンスターのそれではない。人間に会うのは、何年ぶりだろうか。
「オヤビン、そんなに早くいかねえで下せえ。おっかねえったらありゃしねえ」
「ごちゃごちゃうるせえな。嫌なら、てめえだけで帰ってもいいんだぜ。このモンスターだらけのとこ独りで抜けられるんならな」
「オヤビンだって、独りじゃ突破できないでしょうが。あっしがいてこその物種でしょう」
「なんだと、もっぺん言ってみやがれ! ダイオニスの剣でぶった切ってやるぞ」
「けけ、売りもんは粗末に扱っちゃいけませんぜ」
なんだ、賊か。だが、たったふたりだけでここまで来たのなら、そこそこ腕は立つのだろう。
「クチの減らねえ野郎だ。ほら、急げ」
こんな奴らに、おとなしく引っこ抜かれていいものだろうか? いや、駄目だ。たとえ抜かれたって、魔王を倒すことはおろか、好事家に売り飛ばされて終わるだけだろう。そんな事は、あってはならない。
「おう、これが噂の剣か」
ふたりとも底意地の悪そうな顔しているな。俺は、簡単には抜けないよう踏ん張った(どうやって? と聞かれても踏ん張れるのだから仕方がない)。おそらく、みんな、最後の剣は、勇者とか選ばれし者しか抜けないと思っているのだろう。だが、実際のところは、剣自身が頑張っているのである。人を選んでいるのである。
「せーのっせぃ!」
威勢のいい掛け声を合図に、俺を引っこ抜こうとする。なんだ、ふたり掛かりの癖に、大した力じゃないな。俺は、踏ん張る力を少し弱めた。
「なんだこれ、びくともしねえでやす!」
「てめえ、もっとチカラ入れやがれ!」
ははは、どうあがいても、お前たちには抜けまい。そう簡単に手に入るダイオニス様ではない。
「ちくしょう、ここまで来て、諦められるかよ!」
「うんとこしょ、どっこいしょ」
それから、数時間、粘りにねばったが抜けはしなかった。当たり前だ、諦めて来た道を帰れ。
「ぜえ、はあ、このクソッタレめ!」
ぐは! こいつ俺の
ふたりは、諦めて帰っていった。
ふう、なんて連中だ。二度と来るな。あんなのじゃなくて、志の高い勇敢な若者が来てくれないものだろうか。
しばらくすると(とは言っても、あれから数日が経っているのだが)、がやがやとにぎやかな声が聞こえてきた。
「あー、ねえ、あれっぽくない?」
「そやね、ぽいぽい」
「ぷっ、なんかちょっとダサくね?」
「まあ、最後の剣ですから、強ささえ備わっていれば良しとしましょう」
小娘四人衆だ。よくここまでこれたもんだな、感心するぞ。見たところ、戦士(からだは大柄がなかなかの美人だ)、僧侶(かぼちゃ)、魔法使い(へちま)、???(何だか、娼婦のような服装と雰囲気)。娼婦以外は、まあ、オーソドックスと言っていいパーティ編成である。勇者はいないようだ。
「ふーん、これがダイ、ダイニ……なんとかの剣ね」美人が俺を指さし言った。ダイオニスだ。
「とりあえず、写真撮ろ。ピクチャグラムにあげないとね」へちまが言った。
しゃしん? しゃしんとはなんだ?
へちまたちが、俺の横に並び、何か板のような物を掲げ、指でVサインを作った。
パシャ!
うわ!? まぶしい! 新種の魔法か!?
「けっこう、よく撮れてるやん。次はウチな」かぼちゃが言う。
「わたしは、カメラ持ってないので、皆さんでどうぞ……」娼婦の娘が遠慮がちに言った。
かめら? 魔法の名前か?
「そんな事言わんと、あんたも入りいな。ほら、ピース」
ぐああ! まただ。光るだけの魔法か。迷惑な。
「次、この壁と一緒に撮ろうよ」
壁? そこの壁には何もないはずなんだが。わ、また光った。いったい、この娘たちは何をやっているのだろうか。何故俺を抜こうとしない。
「じゃあ、行こっか。来た甲斐があったわ。帰り大変だけど」
「あー、明日のデートだるいわ」
「ドタキャンすれば? あはは」
「それは、お相手の方に失礼だと思いますよ……」
娘たちは、他愛もないおしゃべりをしながら、部屋を出ていった。
……なんだ今のは。地上では、いまいったい何が起こってるんだ。
妙に、疲れてきた。
何年ぶりかに人が下りてきたと思ったら、皆ろくでもない。もっとマシなやつが来ないものだろうか。あと、何年待たなくてはならないのだろう。
む、誰か来たようだ。今度こそ、わが望みの者が来ることを切々と願う。
今度は、男ふたりに女ひとりのパーティのようだ。
「おお、あったぞ。あれこそがダイオニスの剣」ただならぬ雰囲気の男が言った。
綺麗な光沢を持つ、よろいや盾。端正な顔立ち。その姿は、眉目秀麗と言って過言ではない。こいつが、いや、この方が新しいご主人様!?
「かの大魔王を闇に葬ったという……。教科書通りここにあるとは。出来過ぎのような気もするな」頭にはちがねを装備したスキンヘッドの大男が言った。
こいつの職業は何なのだろうか。筋骨隆々なので、僧侶かと思いきやそんな感じではない。なんかもっとレスラーっぽいというか……。
「ねえ、ご託はいいから早くしてよ。あたいらには、あまり時間がないんだよ。ちんたらしてんな、このスットコドッコイ」タバコの煙を吐き出しながら、女が言った。
こいつは、見た目や言葉遣いから見るに完全に娼婦だ。なんだ、この世界には娼婦が溢れかえってるのか? まだ、二例目だが。
「おお、そうだった。おれたちには時間がない」
「はやく魔王様に剣を献上しなければ、殺されちまう」
!?
なんてことだ、この俺を魔王にだと!? こんな、たわけた奴らだったとは。
俺は、思いっきり踏ん張った。この連中に、俺を渡してしまったら、世界はどうなる。殺されるだと? それがどうした。魔王に、最強の力を与えてしまって自分たちも無事で済むわけなかろう。ちょっと考えれば解ることだ。
「よし、ここはオレに任せろ」大男が、俺の前に歩み出た。「よいこらしょ」
わわわ、何をするか、この馬鹿。横に引っ張るんじゃない、上に引っ張るんだよ。曲がったらどうすんだ! そんなやわではないが、万が一って事もある。
「馬鹿、やめろ。そんな抜き方があるか」
そうそう、こいつの言う通り……って、なんで俺がこいつに同調せねばならんのだ。はやく帰って魔王に殺されてこい。
大男は、ぶつくさ言いながら、俺を引っ張り上げようとした。ぐっ、なんて馬鹿力だ。これは、気合を入れて踏ん張らねばなるまい。
「いぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……駄目だあ、抜けねえ」大男が音をあげた。そうは、簡単にいくものか。
「ちっ、最初から三人でやればよかったんだ」勇者もどきが大男の傍らによりそう言った。「お前もこい」
「あたいもやるの? ちぇ、めんどくさいなあ」女は、タバコを地面に投げ捨て、文句を言った。
三人は、俺を精一杯の力で、引き抜きにかかった。俺だって負けてはいない。渾身のパワーで抜けないように踏ん張る。ぐぎぎ。
部屋の入り口のほうで、ガチャガチャと音が鳴った。
「なんだあ? げげ、ス、スケルトン!」勇者もどきが驚く。
「うお、四体もいやがる!」大男も驚く。
「いやー!」女が一瞬で泣き叫ぶ。
スケルトンたちは、ぼろぼろになった剣を振り回しながら、パーティに向かい真っ直ぐ近づいてきた。
「く、くそっ。に、逃げるぞ!」
三人は、スケルトンたちを突き飛ばしながら部屋を出ていく。スケルトンのうち一匹の頭蓋骨がはずれ、首なしになったが、魔法の力か、そのまま、勇者もどきたちを追いかけていく。残った頭は、その場でカタカタと音を鳴らしていた。
そして、部屋には誰もいなくなった。遠くで悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、空耳であろう。
六日後(数えてみた)、スケルトンの頭は、すでに動かなくなっていた。
また、誰かの気配を感じた。ここのところひっきりなしだが……、まあ、退屈はしないだろう。もう、半ば諦めている。
今度は、なんだかパッとしない、青年ひとりだった。俺は、げんなりした。
ぼろぼろに、いびつになった盾、元は美しかったであろう色の剥げたよろい。角の折れた兜、片方無くなってしまったレガース、そして、無残に刃が欠けた剣。それは、これまでの戦闘の激しさを物語っていたが、すべてが、みすぼらしく見えた。
だが、ちょっと考えてみよう。この百階層はあるダンジョンにひとりで挑んできた彼は、見た目以上の手練れではなかろうか(もちろん、最初は仲間がいて途中で別れた可能性も捨てきれないが、だとしてもたいしたものである)。
青年が近づいてきた。すると、なんと、彼から今までの人間たちとは異質なオーラを感じるではないか! それは、禍々しいものでは決してなく、むしろ清々しいオーラだと言ってよい。顔もよく見ると、バトラーに薄っすらと似ている感じがする。
もしや、バトラーの子孫なのか!? そう考えてもおかしくはあるまい。
この荘厳さをたたえた佇まい、澄み切った瞳、無駄肉が一切なく、引き締まったからだつき。ブレイヴリーな雰囲気。間違いなく、勇者の生まれ変わりだ。俺には判るぞ。ようこそ勇者よ。先ほどは、パッとしないなどと思ってしまい、申し訳ない。自分が恥ずかしい。それはさておき、さあ、俺を引き抜くのだ。さあ、勇者よ、俺と共に魔王を倒しに行くのだ。
青年(勇者)が、俺の柄に手をかけた。
よし、そのまま引き上げるのだ。
しっかりと柄を握った勇者の手が、光りはじめた。なんと神々しいのだろうか。あの、バトラーの時と同じ感覚だ。最終目的のためのひと手間。一緒に魔王を撃破するという一世一代の大仕事。今まで、離れて過ごしていたとは思えない同一感。
ゆっくりと、静かに地面から抜かれていく。それは何とも心地いい感じだった。
――その時だった。小部屋全体が、大きく揺れ始めた。
「わ、地震だ」勇者が、飛び跳ねるように驚いた。俺も驚いた。ヒカリゴケと共に小石も落ちてくる。勇者のぼろ兜に、カンカンと音を立てる。
勇者は、俺の柄を両手でぎゅっと握りしめていた。
大きな揺れにバランスを崩した勇者は、そのまますっころんだ。
ボキン!
「あ、折れた」
どうやら、埋まっていた部分が腐食していたらしい。俺も気が付かなかった。そりゃ千年も埋まっていたら腐るわな。
俺は、天寿を全うした。いや、全うしてないか。こうして、ただの鉄くずとして、地下に埋もれていった。
俺は、バトラーと共に伝説となった。
さいごのつるぎ しいなたま @tama417
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