ひび割れ鏡

松本恵呼

序章

あれは…

 あれは何だったのだろう。

 小学校に上がった年。いや、もっと前だったかもしれない。

 夜、床につくといつも金縛りにあっていた。

 だから眠るのに、布団に入るのに、少しの勇気を必要とした。

 仰向けのままひたすらじっとしている。

 だが、かすかな体の動きにすかさず、見えない力は付け込んでくる。

 あっという間もなく押さえつけられ、体中がひきつれを起こす。

 いったいどこからやってくるのだろう。

 このものすごいエネルギーは……。

 

 いくつもの割れない風船が、生き物のように襲いかかってくる。

 我先にと身を振るわせつつ、軋みながら、力を増しながら、襲いかかってくる。

 必死でもがき、少しでも早くこの状況から逃れようとするが、苦しくて、苦しい……。

 それでも、もがきをやめるわけにはいかない。

 やめてしまえばさらに体の自由はきかなくなる。

 そして、長い夜は始まる。

 

 何度も風船を押しのけようとするが、断末魔のゴキブリほどにも手足は動かず、その姿は断末魔のゴキブリよりみっともないに違いない。

 成す術はないのだ。

 ただ割れない風船からの一刻も早い解放を願うしかない。

 だが、願って叶うことなど、どれほどあるのだろうか。

 願っているのではない、待っているのでもない。

 自分を見失わないだけでしかない。

 そんな喘ぎの中、ふっと見えてくるものがある。

 

 雪だるまの絵。

 

 積もった雪、背景は空色。右側に雪だるま。大きな雪玉がふっている。

 絵本の中の絵のようだが、そんな絵本を持っていた記憶もない、

 雪だるまを作ったのは今までに一度だけ。

 珍しく大雪かふった日、数人がかりで雪を転がし、いびつな雪だるまを作ったが、雪はすぐにとけてしまった。

 雪だるまとはその程度のかかわりしかないのに、この絵が見えた時は、苦しさの中で一息つける。

 

 見えてくるものはそれだけではない。

 汚れて縮れた紐が何本も垂れ下がり、雪だるまを覆い尽くしてしまう。

 それが見えた時が一番苦しい。

 吐きそうで吐けない。苦いものだけがこみ上げてくる。

 体は動かない。

 風船はさらに張りをまし、ブジブジと音を軋ませながら、今までにない力で苛んでくる。

 何なのだ!

 これは、何なのだ!

 

 そして……。

 すべてが最高潮に達した時、体は急激に小さくなる。

 手のひらにのりそうなくらいに。

 なぜか、色も赤黒く。

 その様をまるで幽体離脱のように見ている自分もいる。

 

 だが、うかうかしてられない。

 朝がやってくる。

 早く眠らなければ、朝がやってくる。

 朝がくれば、昼が続き、夜になる。

 夜になれば。

 また繰りかえされる……。













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