第3話 さらなる追跡の旅へ
三、さらなる追跡の旅へ
その日の夕刻、一景は三人の若者を本堂に呼び出した。
一景の横には秀影も控えている。
三人の若者のうちの一人は昨日の追跡に加わっていた
霧人の右には彼より少し背が高く、がっしりとした身体つきの万寿という若者。万寿は霧人より二つ三つは年上であるが、その愛嬌のある顔つきによって霧人の弟分のように見える。
最後に本堂に入って来て、霧人の左に座ったのは、小柄な少女、すみれだった。薄紫色の地味な着物を着ていても、どこか品の良さが漂う。
三人が揃ったのを見て一景が口を開いた。
「皆、わかっておると思うが、この蔵に忍び込んだ根津雲之助を取り逃がしてしもうた」
一景は一瞬、空に目を泳がし、霧人に目をやった。霧人は主人の視線を受け、両手をついて頭を下げた。
「我が滝家に伝わる書を三巻奪われたのだ。奴はその中にある時を飛ぶ術を使い、いずれかの世に飛んだ。亡き主君の命に従う為とはいえ、一日やそこらであの術を会得し、ためらう事もなく主人の幼子を連れて飛ぶとは、なんとも恐ろしいやつよ」
昨夜の顛末を知らない万寿とすみれは顔を見合わせ眉をひそめている。それを見た一景が言葉を続けた。
「奪われたもののうち一巻が時というものについて書かれておってな、中でも時渡りの術というのが我らに伝えられておる中で最も難しいものじゃ。使いこなすにはかなり鍛練がいる。ゆえに、めったな者には伝授出来ぬし、世に知られた術でもない。それを雲之助め、どこでこの事を知ったのか。または何か使えるものはないかと盗み取った物の中にこれを見つけ踊りあがったのか。いずれにしても奴がそれを使い、時を渡ったのは間違いないのだ」
そして三人の顔を見比べ、続けた。
「おまえ達には奴の跡を追って、盗られた書を取り返してもらいたい」
三人は主人の言葉に驚き目を大きくした。
「一景様、どのようにして追えば良いのでしょうか?」
と、霧人が当惑した面持ちで尋ねた。
「わしがおまえ達を巻物のある時まで飛ばす。わしが出来るのはそこまでじゃ。その後は、すみれ、おまえが巻物を探しだしてくれ。わしと同じ血を引くおまえでなくては出来ぬことなのだ」
すみれは一景の叔父が一族の女に産ませた娘で、滝一族の血を濃く受け継いでいる。その能力は秀影すらはるかに凌いでいるらしい。つまり、同じ時の中であれば、先祖の髪を織り込んで作られた巻物の在処を追跡し、突き止める事が出来るのだ。
すみれは両手をついて頭を下げた。
「心得ました」
「さて、三人でいかにして雲之助から取り返すかは、霧人、おまえが指揮をとり考えてくれ。雲之助は手強い相手じゃ。手下も二人連れておる。よほど頭を使わぬと返り討ちに合うじゃろう。そして、万寿、おまえの役割はその人懐こさよ」
万寿はその愛嬌のある目をますます大きくして一景を見つめている。
「辿り着く先の様子はわしには見当がつかぬ。今はそれが遥か先の時代であろうということだけでな。そこでお前じゃ。おまえは人の心を掴むのに長けている。周りの状況を読むのにもな。おまえ達三人がその時代で生きていくための知恵を絞ってやってくれ」
「はっ、心得えました」
自分の役割に納得したように万寿が笑顔で頭を下げた。
霧人が確かめるように訊ねた。
「それで、首尾よく巻物を取り返すことが出来ましたら、我らはどのようにしてここに戻れば良いのでしょうか」
「うむ、そこなのじゃ」
一景が眉をひそめた。
「すみれ、おまえがその時代で今より修業を積むことが出来れば、時渡りの術を修得し、ここまで時を超えて戻ってくることもできよう。じゃが、もし、その時代に生きる糧を得て、その時代に生きようというのであればそれでも構わぬ。ただし、その時は巻物をその時代の滝家の者に返すか、焼き捨ててもらいたい」
「焼く、のでございますか…」
「そうじゃ。我が一族に伝わる秘伝の術だ。他の者達に知られるわけにはいかぬ。焼いてしまってくれ。必ず雲之助から取り返してくれ。頼む」
一景は言い終えると三人の若者に頭を下げた。三人はあわてて一景より深く、頭を床に擦り付けるように礼をした。
それから一景の横でじっと聞いていた秀影が口を開いた。
「ここに残る仲間たちとはもう会えぬかもしれぬ。辛い役目を負わせてしまうな。すまぬ」
秀影も三人に頭を下げた。
「まずは身体を休め、仕事に備えてくれ。兄様はこれから行くべき時代を探られるそうじゃ」
それから一景はひとり本堂裏の蔵に篭り瞑想状態に入った。軽く目を閉じて意識を遥か彼方まで飛ばす。そして巻物に織り込まれた先祖の気配を探っている。その手には昨夜あの老人から預かった着物が握られており、巻物追跡の一助としているらしい。
どれほどの時がたったであろうか、一景は蔵から出て白装束に着替えると、寺の裏山にある鍾乳洞に向かった。精神を集中させ、鍛練する事でこの大仕事に臨もうとしている。仕上げには地下の滝に打たれ、より一層の気を呼び込んだ。
一景が滝に打たれている頃、屋敷では旅立つ三人の若者のため、ささやかな宴が催されていた。これまでの幾多の戦いとは全く違う使命で、もう生きて会うことも無いかもしれないのだ。もちろん今までの戦さでも傷つき、命を落とす者も大勢いた。だが今回の彼らの任務はいつもとは全く違い、なんとも予想のできないものになる事は皆感じ取っていたのだろう。誰もが口数少なく、ただ盃を酌み交わしていた。
短い宴の後、三人はこの旅に携行する忍び道具の手入れに没頭していたが、その脳裏にはこれからの不安が無かったはずはない。
寺の上には若い月が浮かんでいた。
翌朝、ようやく東の空が白んできた頃、一景、秀影を始め、一族の重臣らに囲まれるように三人の若者の姿が寺の本堂にあった。一景は白装束で三人に対峙し、目を閉じている。その手には水晶で作られた数珠を掛け、印を結んでいる。
誰も口を開くことはなかった。
やがて雷のような轟音とともに地面が揺れて、静かになった。
そこには三人の姿はなかった。
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