第6話 ある日、西本願寺の屯所で
スタジオの照明がゆっくりと暗くなった……甚五郎の覗く熊野五型のファインダー内のパイロット・ランプが消える。CMコーナーのカメラに切り替わった事を確認して、甚五郎は溜めていた息をゆっくりと吐き出した。
『こりゃあ凄いドラマになるぜ!』
興奮が胸を駆け巡っている。ドラマの中から戻ってくるのに時間がかかった。 魂が吸い込まれていたようだ。思わず時計を確かめた。
「そろそろ来ます。」
お七ちゃんの声がインカムのレシーバーから聞こえた。ファインダーの照準を兜虫社中のジョン万次郎に合わせる。スポットライトの絞りが開かれてジョンの上半身をきっちり捉える……いい仕事だ。
ジョンの声が響く。
「それでは京都の土方さんのリクエストです。…僕は丁稚奉公で苦労したので、少しは世間を知っています。」
土方が別のスポットに浮かんだ。その声は少し緊張しているように聞こえた。
「だから、近頃流行の、世間に甘えた浪士たちが大嫌いです。"尊皇攘夷"とお題目のように唱えていれば、天皇陛下を敬っていなくても、本気で外国と戦う気が無くても、お金を出してくれるところが有るからと、高級クラブや、料亭、ソープランドに入り浸り、酒を飲んではぶらぶらしてばかりいるくせに。時々は天誅と称して、まじめに国の為に働いている公務員の方々を闇討ちにして殺害する・・・」
カメラがジョンに戻る。
「まったくふざけています。この曲を聴いて、少しは自分を振り返れと言いたいので、"革命遊戯"をリクエストします。」
ドラムが軽快な8ビートを叩き出す。シングルではシャッフルだったリズムだが、これはジョニーズ事務所の新選組がLP『大江戸佐幕』でカヴァーした時のアレンジに合わせている。
♪遊びで レボールーション
片手間に 彼女くどいて
お酒は飲み放題
お金は 湯水の如くさ
これでも僕は 革命家
江戸の幕府を倒して
偉くなるよ
もっと
もっと
もっと
(EDO著作権協会承認:ろの八番)
新選組とイゾーがなつかしい振り付けで歌い踊る。曲が終わりに合わせて素早く決められた位置とポーズに戻った。ここは西本願寺にあった新選組の屯所のセットだ。
土方と、斎藤一が将棋を指している。沖田総司が北斎の漫画本を読んでいる傍らで、イゾーは八つ橋煎餅を頬張りながらラジオを聴いていた。
総司が小声でささやく。
「イゾー君も度胸があるなあ…世間に怖がられている新選組の屯所に一人で遊びに来るなんて。」
「はっへ、ほへは」
総司は、イゾーの口から八つ橋の大きなかけらを取り出した。
「総司が遊びに来いって。」
「まあ、京も最近物騒だから、ここにいるのが一番安心だけどね。可愛いイゾー君が怖い目に合わなくて、いいかもね。」
「おら、可愛い?うれしいな!総司に褒められると…」
身を乗り出してくるイゾーの顔が眼前に迫って、その息が感じられるくらいになった……総司は江戸の道場で飼っていた柴犬のポチを思い出す。
お手も覚えない犬だったけど、ちゃんと餌をもらっているだろうか……頬に触れたのはポチの鼻ではなく少年の頬だった。すりすりしているイゾーの顔を両手で遠ざけ、辺りを見回す。土方さんは斎藤さんと将棋に夢中だ。
良かった……いくらなんでも馴れ馴れしすぎるよね。
「あれから、土佐の"岡田以蔵"っていう、凄腕の人斬りが、京都や大阪で沢山の浪士や。目明かし、公家、学者を斬りまくっている。みんな、おちおち町も歩けないって怖がってるよ。」
「うん、宇宙人があんなに沢山いるとは思わなかったよ。おっ父の話では、まだまだいるらしいから、テングメンも、まだまだ活躍しねえとな。」
うーん?活躍?
「…イゾー君は、岡田以蔵と同じ名前だからあいつの、"天狗面"の味方になるの?」
イゾーは眉をひそめ、総司の耳元に口を寄せてささやいた。
「新選組にいるってことは…総司も、後部合体の好きな、砂漠派の宇宙人なんだろ?でも、おら、きっと総司は良い宇宙人だとおもうんだ。」
何だか混乱しているなあ……誰に吹き込まれたんだろう?
総司も少し小声になる。
「…コーブガッタイ?サバクハ?難しい言葉知ってるね……うーん、確かに天皇様と幕府が仲良くして外国に対抗したほうがいいと思うから、公武合体の方が好きかな。幕府側の会津藩に雇われてるから幕府を支えて行こうという佐幕派だし。でもね、内緒だけどこれはまあ、お仕事なんだよ。命懸けのね。別に僕らはどっちが良いのかわからないんだけど、近藤さんが、やっぱりEDOの方がマーケットが大きいから幕府につこうって。平たくいえば"お金の為"かな。」
「???…………じゃ、お金があったら総司は手先をやめるのか?」
総司は少しドッキリする。
「え……それは局長の近藤さん、副長の土方さんたちが決める事だろうな。僕はあの人たちについて行くだけさ。近藤さんはみなしごの僕をここまで育ててくれた。その恩は忘れられないよ。」
「皆死後って何?」
「おっ父も、おっ母もいない子供だったんだ。」
「……それって……後部合体で生まれるの?」
「え?」
近藤がズカズカと床を鳴らして帰ってくるや、障子をパーンと開け放った。
「局長!」
「おかえりなさい!」
隊士全員が直立不動で声をそろえる。
「帰ったわよ……総司、悪いけど帰ってもらって。」
「は、斎藤さんにですか?」
「さあ、斎藤……」
土方は斎藤をうながした。
何だか浮いているとは思っていたけど、ついにその日が来たか……
「何言ってんの、その子よ!最近、誰でも彼でも近所の子を連れて来て遊んでるけど、ここは新選組の屯所よ。孤児院でも開くつもり?いいかげんにしなさいよ!」
総司が、唇をかみしめて出て行った。
涙がにじんでいる。イゾーが急いで後を追った。
土方は真っ赤になって近藤に抗議する。
「局長!その言い方はないですよ。総司は、残り少ない人生を人斬りに捧げたんです。そんな総司が、束の間、汚れない無垢な子供たちの微笑みに安らぎを見つける……そういうのって、なんか、こう、よくあるじゃないですか……!」
「歳ちゃん。何、似合わない熱弁ふるってるのよ。」
近藤が一言ではたき落とす。『役者が違う』っていうのは、こういう事だと斎藤は思った。
「……その、近所のパートのおばさんたちにも評判いいですし、ただで預かってくれるって……時々は季節の野菜とかいただきますし!他にも……」
土方さんもあきらめが悪い。
「はじめちゃん。鬼の副長の衣装を脱がせなさい。」
「は!」
斎藤一は、ためらいもなく土方の隊服に手をかけた。
「近藤さん!いやしくも武士の魂を愚弄するような……」
「直立不動!」
剥ぎとられ、土方の輝くばかり、男ざかりのマッチョな上半身が あらわれた。
下半身には……墨痕黒々と"総司命"の文字が踊る六尺フンドシが締め込まれている。
「こんなことだと思ったわ。一(はじめ)ちゃん、そのまま井戸端に連れてって頭を冷やしてやりなさい。何が武士よ。丁稚あがりがのぼせ上がるんじゃないわよ!ああ、それから一ちゃん。」
「はい。」
近藤が土方の顔に視線を絡めてにやりと笑った。
「あとで総司を部屋によこして。風呂に入れなくていいから。」
「……局長ぉっ!!」
「馬鹿!」
抗議の悲鳴もはたき落とされて、土方は泣きながら連れて行かれた。
「まったく……総司の事になると知能指数がゼロになるんだから。それどころじゃないのよ!勝海舟が京都に来るって浪士たちが騒いでる時に!季節の野菜じゃ、ないのよ!新選組なのよ!ガルルルル!」
誰に聞かせるでもなく(実際、誰もいなくなっていたのだが)近藤はつぶやくと将棋盤の前にちょこんと座った。
「王手……あ、違った。」
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