第23話 猿の貌(かお)
ザンブ、ザンブと勢いよく水をかぶる。朝日の陽光を浴びながら、屋敷の
この曽根城(現:岐阜県大垣市曽根町)近くの利三の屋敷から観る日の出の美しさを感じながら、冷水を浴びると身が引き締まってくる。
「利三さま、手ぬぐいでございます。」
そばに控えている従者・
「すまんな。それから、今日で五度目の城下廻りになる。付き合わせて悪いが、馬の用意を頼む。これまで行っていなかった
「かしこまりました。」
甚介は寡黙だが、聡明だ。すべてを言わなくても理解できる頭脳をもっている。甚介は今回が初めての同行となる。これまでも、刀術に長じた甚介は護衛のための同行を願っていたが、利三は、一人で歩き回るのが好きだった。供の者を引き連れて威儀を正して廻れば、民の気も張りつめ、率直な思いを話してくれなくなる。だからこそ、利三は、いつも平服で身分を隠して廻るのだった。
しかし、今回は、いつもと趣きが違う。甚介がどうしても同行したいと願い出てきたのは、最近、穏やかでない噂を聞いたからだ。
このことを甚介に話すと、「大小を腰にしている」というところが気になり、甚介はたちまち険しい
母屋で
柳瀬は、曽根の城下町として活況を呈していた。利三と甚介は、商家の主人、町ゆく物売りの娘、田で働く百姓らに声をかけては、ときに談笑したり、真剣に話し込んだりした。この曽根の地を治める稲葉家に対する評判は上々だった。しかし、龍興に対する評判、これはかなり悪かった。
(人の口に戸は立てられぬ。龍興がいかに暗愚か、稲葉山の方から、民の耳にも聞こえてくるのだ。)
その暗愚な殿様を担いでいる美濃では隙を生じさせ、隣国に付け込まれることとなり、戦があるのではないかと心配する百姓もいた。ここ最近、美濃は大きな戦が続いた。百姓にとっては、田がすべてである。その田を荒らされれば、致命的である。田が荒らされないように、戦のない国を望む声を多く聞いた。
柳瀬での城下廻りも終わりごろ、瓜を売っている商家に立ち寄った。看板には、「まくわうり」と大書されている。
「その
利三が頼むと、よく冷えた瓜が盆に載って出てきた。主人によると、この曽根の近く、
(・・・商人風の小男とその供の大男)
以前、聞いた話とまったく同じ
そのうち、瓜を食べ終わった小男と大男は、通りの中ほどまで近づいてきた。こうなればこちらも警戒しなければならない。甚介と利三も立ち上がった。甚介はいつでも抜刀できるように、太刀の鯉口を切っている。利三も不測の事態に対応できるよう、気をみなぎらせた。
小男が編み笠をとる。編み笠の取り方も、相手から目を切ることがないように、笠を決して前方には脱がない。この
「斎藤利三どの。お会いしとうございました。」
にっと笑ったその表情は、しわくちゃだった。まるで猿の貌だった。
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