第11章 夏が来るたび(3)



「もう帰っちゃうのね」

「うん…」

 僕達の仕事は終わった。

 後の事は、警察の仕事だ。

「せっかく、お友達になれたのに」

「また来るって! それに鎌倉と東京って、そんなに離れてないじゃん?」

「うん」

 美凪の言葉に、円香は笑顔を見せる。

「遊佐先生、色々有り難うございました」

 本来ならば、無関係である江里子が、頭を下げる。依頼に来たのは、確かに彼女だが実際の依頼主は、東郷一志なのだ―――。

 だが、その依頼主からは、後日料金を払い込むと、言われただけだった。

「いいんですよ。それに、それは息子に言ってやって下さい」

 そう言われながら、背中を押され、僕は慌てた。

「そうでしたね。秋緒君、有り難う」

「本当に、有り難う」

 江里子に続いて、円香にまで頭を下げられ、僕はますます慌てる。

「い、いや、その…僕は……」

「秋緒君のお陰だよ」

 更に脩にまで頭を下げられ、僕はもう言葉が出なくなってしまった。

「いいなあ、秋緒ばっかり誉められてさ。あたしだって頑張ったんだけどな」

「そうだよね。美凪ちゃんも頑張ったよね」

「でしょお?」

 当然とでも言いたげな幼馴染に、僕は呆れて顔を上げる。

「何言ってんだよ。お前が何かしたのかよ?」

「したじゃん!」

「だから何を」

「何って、いろいろ…」

「色々? って、何?」

「煩いなーもう! 色々ったら、色々なんだよ!」

 真っ赤になって、両手を振り上げた美凪に、全員が笑い出した。ひとしきり笑った後、時計を見た父が、急ごうかと声をかけた。タクシーが到着する時間が迫っていた。

「じゃあ…」

「またね」

「待って!」

 会釈をし、道路に出た僕らに、円香が彼女にしては大きな声を上げた。僕らは降り返る。

「円香さん…?」

「あの、あのね。私……二学期から学校行く事にしたの…」

 円香は、友達ができない事や、体の事もあって、たびたび学校を休んでいた。その為、家庭教師である江里子に、勉強を見ていてもらっていたのだ。

 その円香が、自分から学校へ行こうと決心したというのだ。

「そうなんだ」

「うん。私……勉強しなきゃって思って。あのね、私ね財産受け継ぐことにしたの」

「……」

 これは少し意外だった。

 ここへ来た時は、莫大な財産を受け継ぐ事に、抵抗やプレッシャーを感じていたようだったからだ。それに、財産を本当に受け継ぐのだとすれば、他の親族からの風当たりも、変わらず強いだろう。

「……おじい様の事は、まだ怖いけれど、やっぱり嫌いになれないの」

「…うん」

「だから受け継いで、この家を守ってあげようと思うの」

「すごいね。偉いな」

 素直にそう言うと、円香はさっと赤くなり、小さく首を振った。

「ううん。私ったら、土地とかにかかる税金とか、他にも色々わからないことが一杯だから」

「円香ちゃんなら、大丈夫だよ」

 美凪が言うと、円香は今度は大きく頷いた。

「有り難う。あのね、あの脩兄さんも手伝ってくれるって……」

「………うん…」

 僕は円香の肩に、当たり前のように置かれた脩の手を見て、軽く頷き背を向けた。

「有り難う、秋緒君! 本当に有り難う」

 円香の声が聞こえたが、僕は振り返らずに真っ直ぐ歩き出した。

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