第10章 遅れてきた探偵(12)


 あまり広くはない、その部屋の中の奇妙な光景に、奈々は口をぽかんと開けた。

 大嫌いな祖父が、部屋の中央からぶら下がっていたのだ。

 天井には、ぽっかりと穴が開き、そこに車輪のような物が括りつけられていた。それに太いロープを巻き付け、垂らしているのだが、祖父はそうやらそのロープに絡まってしまったらしい。宙吊りになった足をばたつかせ、片手で穴のふちを押さえ、もう片方の手で首に巻き付いたロープを苦しそうに押さえている。

「…なな…!」

「なにしてるの?」

 いつも上から人を見下ろすような、尊大な態度の祖父は、そこにはいなかった。

 もがくその格好は、滑稽でもあった。

 ふと下を見ると、古くて小さな手帳が落ちていた。

 見た事のない物に、奈々は何となくそれを拾い上げる。

「…さ、わるな!」

「これ、おじいちゃんのなの?」

「そうだ…! 奈々、そこのスイッチを止めてくれ!」

 視線の先を見ると、床には見た事のない機械が置いてあった。「止」「動」というボタンがある。三年である奈々でも、このくらいの漢字は読めた。

 祖父はこの「止」のボタンを押して欲しいのだろう。

 そう思い、機械に触れた奈々だったが、手を止めた。

「やっぱ、やめた」

「奈々…!」

 奈々は立ち上がり、苦しそうな祖父を、下から眺める。

 やはり滑稽だった。

 思わず小さく噴き出してしまった。

「変なの! すっごい変!」

「……!」

「奈々ねぇ、おじいちゃん嫌いだから、何だかいい気味~って思っちゃった」

 両手を後ろへ回し、奇妙な展示物でも見学するかのように、笑みを浮かべて、奈々は何度も祖父を眺めた。

 東郷正将といえば、苦しいのと怒りとで、真っ赤になっていた。

 最愛の孫、円香と違い特に興味のない孫の一人に、馬鹿にされたような視線を受けているのだ。この状態ではなかったら、迷わず叩いていただろう。

「これって、ひみつのノートなの?」

 奈々は、まだ手に持っていた手帳をかざして見せた。

「えーと、どれどれ?」

 奈々は、手を出せない祖父の前で、わざとおどけた様子で手帳を開く。

「や、めろ…!」

 いつも奈々を、母親を父親を――いや、この家の人間全てを、意のままに動かしているような、王様みたいな祖父が、弱々しく自分に懇願している。

 何故、大きな声で助けを呼ばないのか不思議だったが、何か秘密があるのだろう。

 動けない祖父を前にして、奈々は優越感に浸っていた。

 そして、手帳の真ん中辺りを開く。

「?」

 だが、習字の手本帳に載っているような、昔の人のような字が並んでいるだけで、奈々には何と書いてあるのか、わからなかった。

 辛うじて、「円香」という字が読めるだけだった。

 奈々はつまらなそうに、手帳を閉じた。

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