第10章 遅れてきた探偵(13)
そして奈々は、手帳を放り出した。
後で母親に読んでもらおうかとも思ったが、祖父を恐れて顔色を窺ってばかりの母の事だ、もしこの手帳の持ち主を知ったら、怒られるだろうと考えたのだ。
奈々が手帳から興味をなくしてくれた事に、正将はホッとしたが、すでに体をおさえる腕は痺れてきており、限界に近かった。
「奈々…」
「なーに?」
「頼む……ボタンを……」
ちら、ともう一度滑車を止めて戻す装置を見る。
奈々もそれを見るが、ゆっくりと首を振った。
「やだ」
「……奈々!」
「だって、おじいちゃん意地悪だもん。だから仕返しね」
奈々は両手を腰にあてた格好で、正将の周りを一周する。
そして、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「いつも奈々のお母さんを苛めてるでしょ。あと円香お姉ちゃんも。知ってるんだから!」
「……な、に」
「夜、お姉ちゃんの部屋に行って、意地悪してるの知ってるんだよ」
「……!」
「お姉ちゃんの、嫌だって言う声聞こえたもん」
正将は、青くなった。
血の繋がった、孫である円香の部屋へ、こっそり通う事は、いけない事だとわかってはいたが、それを止める事はできなかった。
その行為を、この小さなもう一人の孫娘は、見て知っていたというのだ。
何とか、口止めをしなくては――――そう思うが、声を出す気力もなくなっていた。
奈々は、そんな正将をもう一度楽しげに見つめると「ばいばい」と一言残して、部屋から出て行ってしまった。
「……く」
正将は、もう一度最後の力を振り絞り、首に絡まったロープを引っ張ってみる。
半分宙ぶらりんの格好では、力が入るはずもなく、ただの徒労に終わった。
もうここで、誰かを呼ぶしかないか―――そう覚悟した時だった。
奈々が出て行った襖が、少し開いて、誰かが顔を出した。
「奈々?」
思い返して、戻って来てくれたのかと思ったのだ。
だが、そこにいたのは、奈々ではなかった。
賢三の妻、文子だった。
「……」
文子は、驚いたように正将の全身を眺め、そっと部屋の襖を閉める。
「え?」
片手だけで天井裏にしがみ付き、もう片方で首の回りに絡んだロープを押さえた義父が、必死の形相で、足元を見るように促している。
見ると、見た事もない装置が置かれていた。
「これを止めたいんですね?」
正将は「そうだ」と目で訴えた。
いつも従順で、控えめな三男の嫁が来てくれて、正将は心の底から安堵した。
これで助かる、と。
助かったら、文子に天井裏の事を口止めして、それを聞き入れてくれたら、今までより小言を少なくしてやろう―――そう思った。
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