第7章 二通の遺言状(16)


「…まだそうとは決まってませんよ。どうぞこちらへ座って下さい」

 他殺に違いない―――椎名はそう言ってはいたが、彬には確定していないと伝え、座らせた。

 胡座をかいた格好の彬の背中が、少しだけ見えた。

 僕は音を立てないよう努力しながら、体勢を変えて隙間に顔を張り付ける。

「彬さん…万沙子さんの次男で、大学生でよろしいですね?」

「わかりきってる事、聞くなよ。それより弘二のおっさんの事話そうぜ?」

 だが椎名は、そんな彬の言葉を無視し、例の質問を投げかけた。しかし彬も物音も、不審な声も何も聞かなかったと言った。

「そうですか…」

 流石の椎名も、少しがっかりしたのだろうか? 顔は見えないが、声だけ聞くとそうとる事ができる。

「だからさー俺、考えたんだけどよ。おっさんが寝てる時に、首絞められたんじゃねーかと思うんだよ!」

「ほう……? どうしてそう思うんですか?」

「だってよ、物音なんかしなかったし。寝てるんなら、声とか出ないんじゃねーの?」

 実はそれは、僕も考えたのだ。

 寝てる時――――酒を飲んで…いや、飲まされて?

 彬も同じような事を考えていたとは、正直驚いた。だが、その後は僕の考えとは全く違っていた。

「つまりだよ。寝ていた所う首絞められて、死んじまったおっさんを、自殺に見せかけようとしたんだよ」

「はぁ…なるほど」

「ついでといっちゃあ何だけどさ、俺、犯人も分ったぜ?」

「……」

「ずばり、円香と兄貴さ!」

 こほん、と咳ばらいして、椎名がゆっくりとした口調で聞いた。

「何故、そう思われるんです?」

「あいつら、弘二のおっさんを嫌ってたからな。な? 当ったろ?」

「……情報、感謝しますよ」

 そう言って、椎名は彬を解放する事にした。彬はまだ物足りなさそうな事を口走りながら、隣の部屋へ引っ込んだ。

 それにしても、いくら嫌っているとはいえ、自分の兄を犯人だと言い切る彬に、また驚いた。だが、裏を返せば、自分は絶対に犯人ではないと、アピールしていたようにも思えた。

 次は誰だろう―――そう耳を澄ましていた時、いきなり襖が開いて、僕と美凪は体を強張らせた。

 開けたのは、椎名だった。僕はホッとして、額の汗を拭い取った。

「大丈夫かい? ここじゃ暑いだろう? あと少しなんだが休憩いれようか?」

 そう親切に言ってくれたが、僕は首を振った。

「いえ、大丈夫です。それよりも続けてください。な、お前も平気だろ?」

「うん」

 美凪は赤い顔をしていたが、すぐに頷いた。

 椎名は心配そうな顔を見せたが、「早めに終わらせるから」と言って、先程と同じように、襖を少し開いた状態に戻して、次の人を呼んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る