第4章 円香(4)


 脩と玄関先で話していると、江里子が顔を出した。

「あら…脩さん? お久しぶりです」

「やあ、岡さん。あの日以来ですね」

 あの日――とは? この二人は何かあるのか…。江里子が脩の言葉に頷く。

「そうですね。お通夜の時以来ですものね」

 なんだ。

 考え過ぎだったみたいだ。

「皆、来てるのかな? おふくろ達は…」

「ええ。彬さんがいらっしゃらないんですけど…他の方は全員」

 江里子の話に、脩はかたちの良い眉をひそめる。

「彬の奴……きのう電話で念を押しといたのに!」

「あ、違うんです。来ていらっしゃるんですけど、どこかへ行ってしまったようで」

 まだ来ていないと勘違いしてしまった脩に、江里子が慌てて訂正する。

「ああ、そうなのか。でもどこ行ったのやら」

 小さなため息をつくと、脩は江里子の案内で、荷物を置きに行った。

 僕達は、一応他の親族の人達に、挨拶をしておいた方がいいだろう。そう思い、円香に声を掛けようとして彼女を見ると、先ほど脩達が歩いて行った方を、じっと見詰めていた。

「円香さん……?」

「え?」

 僕が声を掛けると円香は、弾かれたように飛び上がり、こちらを向いた。

「な、なに…?」

「いや…そのう、僕らも他の親戚の人達に挨拶しておきたいと思って…」

「そう、そうね!」

 少し顔が赤いようだ。どうしたのだろう?

 すると、美凪がにやにやと笑いながら、円香の肩をつついた。

「へ~~? 円香ちゃんって、あの脩兄さんって人が好きなのか~」

「え……やだ…違うわ」

 そう言って、否定した円香だが、顔がさっきよりも真っ赤である。その慌てた様子に、関係のない僕まで、顔がアツクなった。

 焦った僕は、顔を背けるようにしながら「部屋はどこかな」と言いながら、先に廊下を歩き始めた。











 円香に連れられて、案内されたその部屋は、二十畳くらいもありそうな広い部屋だった。

 中央に、大きな座卓が二つ繋げて置いてある。

 それを囲むように、七人座っていた。入って来た僕らを一斉に見る。と、同時に盆に麦茶を乗せて、江里子と家政婦らしき人が、入って来た。

「あ、秋緒君。そこに座ったら?」

 江里子が、お茶を出しながらそう言ってくれたので、僕は一番スミに座った。美凪も僕の少し後ろに座った。僕は特に、人見知りをする方でもないが、流石に緊張する。



 一番奥に座っているのは、円香の母親の悦子。その横に陰気な顔で、ぼんやり外を眺めている中年の男。そしてその男の横で、今もじっと僕らを見ている、髪を紫に染めた、派手というよりケバイ感じのおばさん。そのおばさんの隣では、さっき会った脩が、江里子が差し出した麦茶を、美味しそうに飲んでいた。

 反対側には、真面目なサラリーマン風の男と、その妻らしき女。

 そして、僕の一番近くに座って、僕を見つめている女の子。この子が、奈々ちゃんなのだろう。

 とりあえず、挨拶だけはと思い、僕は少し前へ出た。

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