第4章 円香(3)


 僕はその後、円香に断ってから、正将氏の部屋と続いている、別の部屋を覗かせてもらった。だが、畳の部屋があるだけで、これといった物は何一つ無かった。

「あ、そうだ。美凪、悪いんだけど携帯貸してくれないか」

「いいよー」

 美凪が、ズボンのポケットから携帯を取り出した。今ふと思い出したのだ。父から、ここへ着いたら連絡をよこすように言われていた事を。

 ところが、美凪から借りた携帯を見ると「圏外」という文字が出ていた。

「あれ? ここじゃ繋がらないな」

「ホントだ。圏外になってるね」

 携帯を持って、廊下に出たが変わらない。

 円香が、申し訳なさそうに言った。

「ごめんね。何だかうちの辺りって、電波が届かないらしいの。電話ならうちのを使っていいのよ?」

「そうなんだ。……じゃあ、電話いいかな?」

 円香は頷くと、僕達を連れて玄関まで来た。広い玄関にある靴箱の上に、電話が置いてあった。早速、事務所に連絡を入れる。が、何度コールしても繋がらない。どうやら外出しているらしい。そこで、今度は携帯にかけたが、やはり留守電になっていた。僕は、東郷家に着いた旨を録音すると、受話器を置いた。

「おじさん、いなかったんだ」

「ああ。たぶん仕事だよ。仕事中は、携帯も留守電にしてるし」

 僕と美凪が話していると、玄関のドアが、ガラリと開いて、やはり見知らぬ男が入って来た。

 男は、重そうな四角いカバンを持ち、暑そうに額の汗をぬぐいながら、濃い目のサングラスを取った。

「やあ。円香」

「脩兄さん!」

 円香が嬉しそうに、男に近寄った。

「秋緒くん、美凪ちゃん。この人ね、脩兄さんっていうの。カメラマンなのよ」

「はじめまして」

「あ、こちらこそ」

 僕は、脩が差し出した右手を握り返した。

 彼が東郷 脩なのか……。長女万沙子の長男だったはずだ。弟の彬とは、まるで印象が違った。明るい色の髪は短く、軽薄そうなイメージの彬と違い、真面目そうで優しそうなイメージだ。

 脩は僕と美凪を交互に見ると、にこりと笑った。

「秋緒君と美凪ちゃんだっけ? 円香の学校の友達なんだね?」

 円香が、慌てて訂正する。

「ち、違うのよ。この人達は探偵さんなの。おじい様の事で来てくれたのよ」

 円香の言葉を聞いて、脩は目を丸くした。

「……探偵って…君達がかい? だって…君達、高校生じゃないのか?」

 彼の驚きは尤もだろう。

「いえ僕達、助手なんです。父の…遊佐は後から来ます」

「あ、なんだ。そういう事か」

 脩は、そう言ってまた笑うと、重そうにしていたカバンを、玄関先へ置いた。

「もしかして、これカメラですか?」

「そうだよ」

 そう言いながら、脩は靴を脱いだ。

「カメラって、そんなに重いの?」

 美凪が聞くと、脩はカバンの中を開けて、見せてくれた。

「カメラ自体も、まあ重い方だけどね。それ以外の機材が重いんだよ」

「わ。なんかいっぱいある~」

「脩兄さん、お仕事終わったの?」

 円香も、カバンを覗き込むようにしながら聞いた。脩は「まあね」といい、カバンをふたを閉じた。

「脩兄さんってね、雑誌のカメラマンなのよ。『YANYAN』とか『REI』とか知らない?」

「知ってるけど…中は見たことないな~」

 美凪はそう言ったが、僕はそんな雑誌は全く知らなかった。すると脩が横から言った。

「あの本はね、若いOL向きだからね。高校生の君達は見ないでしょ」

 なるほど。僕が知らないのは無理もない訳だ。どうやら、その雑誌は結構有名なものらしかった。脩はそれらの雑誌の専属カメラマンらしい。

 勝手に、売れないカメラマンだと推測していた僕は、こっそりと頭をかいた。

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